トップを走る戦略(3)
日本の宝、「京」「SPring-8」「J‒PARC」を活かす
■スーパーコンピュータ「京」
日本に存在する大型設備といえば、世界最高水準のスーパーコンピュータ「京」(けい)がある。「京」は、神戸市の理化学研究所(本部は埼玉県和光市)にあり、多くの研究者に活用されている。
スーパーコンピュータによるシミュレーション(模擬実験)は、研究開発においては「実験、解析、シミュレーション」という形で、研究を支える第三の手法として重要になってきている。 というのは、最近では調べる対象が複雑化・巨大化し、解析的な手法では解が求められなかったり、実験や観測の手法ではあまりに多くの時間・費用がかかったり、実験条件が危険を伴ったり(放射能・高温など)、あるいは実験することが不可能だったりする研究開発も多い。そうした場合などには、スーパーコンピュータによるシミュレーションは非常に有効となるからだ。
2013年のノーベル化学賞は計算化学が対象となったが、これは従来のように実験で化学反応の各プロセスで起きることを確認するのではなく、コンピュータによるシミュレーションで再現するという手法だ。医薬品など、さまざまな応用分野での研究・開発スピードが加速してきている。「京」ではこれら計算化学のシミュレーションにも活発に利用されている。
「京」はすでにさまざまな成果をあげている。たとえば、生きた心臓を「京」の上で再現して心臓病の新たな治療に貢献する心臓シミュレータ、これまで医薬品開発のために2年かかっていた計算を6時間弱に短縮する、さらには新エネルギーとして期待の掛かるメタンハイドレートから効率的にメタンを取り出す方法のシミュレーションなどがあげられる。
「京」は1秒間に1京回(1兆の1万倍)の計算能力をもち、スーパーコンピュータの性能ランキングとして知られる「TOP500」において、2011年6月、同年11月の2期連続で世界第1位を獲得し、HPCチャレンジ賞4部門でもすべて首位を獲得している。その後、2012年11月にはアメリカのタイタン(Cray-XK7)が、さらに2013年6月には中国の天河2号がそれぞれトップの座を奪ったが、日本政府はすでに2020年をめどに、現在の「京」の100倍の性能(100京)をもつ後継機を稼働させる方針だ。
■大型放射光施設SPring-8
世界最高性能の放射光を生み出すことのできる大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト:Super Photon ring-8 GeV)は特筆すべき巨大な加速器だ。兵庫県の播磨科学公園都市内にある。
「電子」を強力な電磁石で曲げながら光速に近い速度まで巨大加速器で加速すると、電子は「放射光」と呼ばれる光を出す。これは「細くて強力な電磁波」で、この放射光を使うことで、物質の種類、構造、性質を詳細に調べることができ、さまざまな環境下での様子、さらには時間変化なども調べることができる。このため、SPring-8はナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用など幅広い研究で用いられている。
分子機械のメカニズムなどの世界的パイオニアとして知られる新海征治・崇城大学教授は現在、JSTのCRESTでナノテクノロジー関連領域の研究総括を務め、第一線の研究者の指導に力を注いでいるが、その新海教授は「SPring-8」の果たした役割・貢献を高く評価する。
「SPring-8は日本の宝です。たとえば、京都大学の北川宏さんの金属有機構造体は単結晶ではないので(著者注:元素間融合とは異なる研究)、通常のX線装置では解析できません。ここで、SPring-8が威力を発揮しました。北川さんのつくった試料をSPring-8の専門家に解析してもらい、『ここがおかしい』といった情報をすぐにフィードバックしてもらうことで、『研究の次の一手』を打つことができたのです。もしSPring-8とその専門家の協力がなければ、何かが悪いということはわかっても、原因が特定できず、たとえ北川さんといえども、こんな短時間でこれほどの大きな成果に結びつけられなかったでしょう」と。
世界には、北川宏教授と同レベルの力をもった研究者が多数存在する。栄誉は常にタッチの差で決まる。このため、得たデータから「うまくいかなかった理由」を正確に素早くフィードバックされる環境をもっているか否かが、研究成果にダイレクトに影響する。確かな原因を他より早く得られるからこそ、他の研究者より一歩早く成果を発表できるのだ。
■大強度陽子加速器J-PARK
高エネルギー加速器研究機構(KEK:つくば市)がニュートリノの検出などを目的につくったのが、J-PARKである。J‐PARC(大強度陽子加速器施設:Japan Proton Accelerator Research Complex)は、茨城県東海村にある加速器施設だ。SPring-8も加速器だと述べたが、違いはSPring-8が「電子」を放出するのに対して、J‐PARCは「陽子」を放出する違いがある。
最近の成果では、2013年7月、J‐PARC加速器から発射したニュートリノを、つくばから295キロメートル離れた岐阜県のスーパーカミオカンデで検出し、一定の割合でミュー型から電子型に変わる「ニュートリノ振動」が確認された。これは「なぜ宇宙に物質が存在するのか」という根源的な謎に迫る研究とされ、ニュートリノ分野をお家芸とする日本(小柴昌俊氏が2002年にニュートリノ研究でノーベル賞)が新たに打ち立てた金字塔である。
ちなみに、J‐PARCから発射されたニュートリノの数は1日に172京個、スーパーカミオカンデに到達したニュートリノは1日に300億個、そして検出できたのは1日に1個あるかないかだったという。これを4年間にわたって研究し、全部で532個を検出したうち、28個が「ミュー型→電子型」へと変化していることを突き止めた。これによって、「宇宙になぜわれわれが存在するのかのスタートラインに立った」(村山斉・東大教授)ことになるという。
ニュートリノを打ち込み、それを受け取るためには、J‐PARCやスーパーカミオカンデといった最先端装置の存在が必要となる。J‐PARCはこのように、宇宙の成り立ちを探ることに貢献しているが、それ以外にも「元素戦略」を進めていくうえでもなくてはならない材料の詳細な解析、あるいは機能発現の根本となる原因を探っていくためにも必要不可欠な装置であり、わが国が誇る非常に心強い武器である。