こうした面談は9月下旬から行われ、住民や当時の公民館館長、閖上中学校の教職員、消防関係者、名取市職員など、12月15日現在で45人からの聴き取りが終了した。

 こうした聴き取りによると津波に対する意識は、「津波は貞山堀を超えることはない」「津波は金華山より南には来ない」「名取川を遡るため閖上は安全」といった思い込みが浸透していた。

 検証委は、住民が「非常時の避難所」として閖上公民館を目指していたと分析。このため公民館にたどり着いても、敷地内のグラウンドで様子をみている人が多くいた。公民館側も、断続的に集まってくる避難者や要援護者への対応、車両の整理、炊き出しの準備に対応していた。

 そのような状況下で、閖上中学校への再避難の誘導は一体どのようなものだったのか。

 中森委員は「調査途中のため、いまは具体的には話せない」としながらも、聴き取りでわかってきたことを以下の4点にまとめた。

1 人々が、公民館から閖上中に移動をした時刻については幅がある。
2 閖上中への移動の呼びかけは公民館長以外にも複数の人が挙がっている。
3 閖上中に再避難した人のなかには、呼びかけ以外の理由で移動した人もいる。
4 津波の予想高さや建物内の混雑ぶり、建物の耐用性といった理由。

 これらから、再避難のための移動は「集団的に一度に行われたのではなく、三々五々、断続的に進んでいったと考えられる」と結論づけた。

 作業チーム2はまた、証言をベースに検証を進める難しさについて、「検証を進める上での問題点」という特別に項目を設けて2つの問題点を指摘した。

 1つは、市が東日本大震災に関して行政が残しておくべき記録の問題だ。避難の状況や問題点や背景などの実証的な資料がこれまでに積極的に作成されていないため、関係者の裏付け作業が十分にできないという。

 また、もうひとつは、語りたくない人や、立場や考え方によって検証委に協力しない人がいて、ヒアリングの協力者が予想よりも少なかったため、確実な検証が難しい状況になっている点だ。この点について中森委員は、「5年、10年経って、今なら話せるという時に明らかになることもあるかもしれない」と推測した。

 とはいえ、公民館周辺の状況について、検証委が情報をまだ必要としていることには変わらない。中森委員は、「今からでも話してくれる人がいれば、お話しを伺いにいく」と話す。