改めて考える
大学図書館に「人がいる」意味

 Aさん自身も、「図書館司書」という専門職の役割について思いを巡らすことが多い。

「図書館に『人がいる』ということの意味を、もっと考えなくてはならないと思います」

 筆者自身が、大学図書館に「人がいる」という言葉から思い浮かべるのは、図書館のカウンターで顔なじみの職員に悩み事を相談している学生の姿である。内容は、恋愛であったり就職活動であったりする。そういう学生は、この東大にもいるのではないだろうか?

「いえ、学生が『悩み事相談』で来ることはないですね。なぜでしょうね? 東大は、学生のケアに非常に留意していることは確かです。産業医にも相談できますし、理学部の学生相談室でカウンセラーに相談することもできます。それに、学生どうしの仲が良いということもありますね。良い人間関係を築くために、オリエンテーションや合宿など、先生方がさまざまな機会を作っていたりもします。だから、図書館のカウンターで相談する必要はないのかもしれません」

 それでも、教育も研究も人間的な営みである以上、「人がいる」ということの意味が軽くなることはないだろう。

「そもそも教育は、時間もお金もかかるものです。ムダも必要です」

 この図書室に「人がいる」ということの意味は、何だろうか? 大学の外も含めた社会にとっては、どのような意味があるのだろうか? そう問いかけると、Aさんは首を傾げて少し考え込んだ。そして、こう答えた。

「ここは、東京大学の、それも数理科学研究科の図書室です。社会に求められることの全部に、すぐに応じられるわけではありません。大学の、この研究科の図書室である以上、優先順位があります。でも、存在を広めたいと思いますし、親しまれて欲しいとも思います。求められれば、可能な範囲で、お手伝いできればと思います」

 国立大学法人化が、その「可能な範囲」を広げている可能性に、私は少しだけ期待したい。

 次回からは3回にわたり、東北大学・原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR)を舞台に、「世界トップレベルをつくる」ための挑戦を紹介する予定だ。さまざまな意味での「世界トップレベル」を目指すための試みとは、どのようなものなのだろうか? それらの試みは、どのように結果に結びついているだろうか?