本書を理解するうえで
鍵になるマンデルブロ

 マンデルブロについては本文でくわしく書いています。個人的に親交があったようで、実在の人物としてあちこちに登場します。マンデルブロはタレブが称揚する数少ない科学者で、本書の扉でただ一人献辞され、上巻59ページの注釈で最初に登場し、下巻では頻出しますが、下巻150ページまで詳しい解説はありません。

 フラクタルはすでに、90年代から重要なデザイン用ソフトとしてPCに組み込まれているほどポピュラーな存在だからでしょう。

 フラクタルは、マンデルブロがデコボコでコナゴナなものの幾何を描くためにつくった言葉だ。元はラテン語のfractusで、これはfractured(コナゴナなもの)の語源である。フラクタル性とは、幾何的に同じパターンがさまざまに異なる尺度のレベルで繰り返し現れることを指す。尺度をどんどん小さくしていくと、同じ形をより小さくしたものの繰り返しになる。小さな一部分が、ある程度全体に似た形になっている。この章(下巻、第16章)で、フラクタルがある種の不確実性に応用できることを示す。そういう不確実性には彼の名前を冠するべきだと思うのだ。つまり、マンデルブロ的ランダム性である。(下巻157ページ)

 筆者なりに解釈すれば、フラクタルの自己相似性によって、めちゃくちゃな(ランダムな)状態の中の秩序を探索することができる、ということだと思います。タレブはこれを「マンデルブロ的ランダム性」と書いています。

「理にかなうプラトン性」は、いわば西欧の哲学、科学の源流でもあります。「ガウス分布」は近代科学の秩序を表しています。タレブは「ブラック・スワン」を理解するために、「プラトン性」の境界領域を探索しますが、そこに「マンデルブロ的ランダム性」があるわけです。

 もっと噛み砕くと、完全にめちゃくちゃな現象が突然出現するのが「ブラック・スワン」だとすると、理解可能な境界領域を広げれば予測可能になりますね。そこでマンデルブロが重要になります。タレブはマンデルブロ的ランダム性を「灰色の白鳥」とも書いています。つまり、マンデルブロはめちゃくちゃな「黒い白鳥」を「灰色の白鳥」に変えていく存在なわけです。

 マンデルブロ、プラトン、ガウスの3人をマークしながら読むと、非常に面白く、楽しく読み進めることができるでしょう。