社名を変えなかったわけ

田中 お父様から継がれて、売上高はどう変わったのでしょうか?

望月 最初は32億円ありました。私が継いでからは、貸倒れの懸念がありそうな得意先との取引の見直しなどを行って21億円まで落として、そこからいま25億円まで戻しています。

田中 でも、売上は意図して落としただけで、むしろ利益はきちんと出してキャッシュフローが回るようにしたわけですよね。

望月 利益とキャッシュフローは今のほうが劇的に良くなりましたね。

田中 売上を落とすことに対しての抵抗は望月さん自身や社内にありませんでしたか?

望月 業界構造の変化の中で危ない得意先に売らないようにしたわけです。自社の財務を健全にするために積極的に打った手ですから、抵抗も何もありません。そういう企業変革のプロセスを経て、これから再び成長させていこうと考えています。

田中 それにしても、こうして望月さんのお話しをうかがっていると、過去の膿を徹底的に出し切り「ここから先は俺が責任を取る」といった体でロジカルにやられています。話しで聞いている分には理論的には正しいし、全面的に賛同できますが、実際にやるとなると大変な勇気と覚悟がいると思います。

望月 そこは父も自分にできなかったことを私に託したのだと思います。

田中 いやいや。望月さんは立派ですよ。ところで、お父様に出した3つの条件のうち「ラッキー商会」という社名を変えるというのがありましたが、それは変えてないんですね。

望月 会社に入ってみると、良い名前だなあと思いまして。社員が今の社名に愛着を感じているし、業界にも浸透しているので、この社名が気に入っています。社長の座をすぐ自分に譲ってくれた父も、社名の変更だけはかなり抵抗感があったようなので尊重しました。また、当社の社員もキラキラした名前の会社ではなく、ラッキー商会という古風な匂いのする会社に入ってくるような人だからいいんです。会社のことをよく調べてから来てくれます。

取材を終えて

 少子高齢化が進む我が国は、ビジネスの世界においても中小オーナー企業の事業承継という大きな課題を抱えています。特に、オーナー社長の後継者を誰にするか、いかにバトンタッチするか、というテーマは最大の問題です。伝統的な事業承継のパターンは、息子が新社長となって会社を引き継ぐものの、その後も先代社長である父親が代表取締役会長として居残り、「息子を指導する」という名の下に先代社長が院政を敷き、しばらくしてから名実ともに代替わりする、というものでした。

 ところが、私が見てきた事業承継の事例でうまくいったパターンというのは、いずれも先代社長の父親が息子に「俺の後を継いでくれ」と懇願し、それに呼応して社長を引き継いだ息子が「今日から俺が社長だから、親父は今日から会社に来ないでくれ」と返して、一夜にして経営者が入れ替わるというケースです。何を隠そう、私が知っている、その“うまく行った事例”のひとつが望月さんのケースであり、以前から、このコラムで紹介したいとずっと願っていました。改めて、事業承継は、先代と後継者、両者の覚悟と決断があって、はじめて成功するのだなぁと感じ入ります。望月さんの言うとおり、“使命感だけで”会社を継いでしまうと厳しいでしょう。

 社長を引き継ぐ過程の望月さんは、とても大胆に見えますが、その一方、事業上のリスクには非常に敏感であり、リスクヘッジする手段を周到に準備しています。むしろ、リスクを取ることにはかなり慎重であり、リスクを徹底的に排除する繊細な経営をしているという印象です。でも、このような資質は、一見大胆に見える優れた経営者に共通の特徴です。

 また、望月さんは、大学を卒業してから一貫して事業会社の営業部門で活躍してきた“バリバリの営業マン”です。一般的に、営業マンといえば、会計やファイナンスは本社の管理部門がやっておけばいいから自分は知らなくてもいい、という無頓着な人が多いのですが、望月さんはまったくそうではありません。

 優れた経営者は例外なく数字に強いといえます。財務3表に代表される決算書だけでなく、月次決算、在庫やキャッシュフロー等に関する数値データは、会社の経営実態を反映したファクトを示している(ファクトを正確に表すように適切な管理会計のしくみをつくらないといけませんが)ため、優れた経営者は何より目の前のファクトを重視します。その点、望月さんは過敏なくらいファクトに注意を払っています。

 さらに、望月さんが社長を引継いだとき、すぐにカンパニー制を導入し、各カンパニーの業績をガラス張りにするという手を打ちました。これは、少人数からなるカンパニーのメンバーひとりひとりが自部門の数字に責任を持つことを通じて、現場の社員が経営者感覚を持って自ら考え行動するという効果をもたらしました。各カンパニー長の責任を明確にするというだけでなく、現場社員のモチベーションのアップによる経営課題の克服(在庫の削減、キャッシュフローの改善)にも奏功したわけです。多くのベンチャー企業、中小企業にも参考になるのではないでしょうか。

(終了)


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