投資額の増大に優先株式が必要な理由

 こうした優先株式が使われることのもう1つの効果は、(投資家が優先株式の性質をよく理解して高い株価を付けてくれれば、ですが)投資家が、リスクの高いベンチャーにも、より思い切って高いvaluationを付けることが可能になり、創業者の希薄化を防ぐことが可能になって、より大きな企業価値のベンチャーを目指すことができるようになるというところです。

 たとえば、成功すれば500億円くらいの時価総額で上場するかもしれないが、失敗したら5億円くらいでしか売却できない可能性も高いアーリー・ステージのベンチャーがあるとします。
 このベンチャーに投資家が普通株式で3億円を投資する際は、exit額が下ぶれした場合を想定して、投資家はなるべく高い比率を確保しなければなりません。

 つまり、たとえばpre3億円と評価して3億円を投資し、postの評価額が6億円ということになると、投資家に50%もの持分を取られてしまうことになります。しかし投資家のほうとしても、万が一将来5億円でしか売却ができなかったとしたら、それだけpreを安く評価したにもかかわらず損が出てしまうわけなので、これでも投資家としてはリスクを顧みずに大盤振る舞いをしたつもりかもしれません。

 しかし、将来本当にこのベンチャーが500億円の価値になるのだとしたら、仮にpre17億円で3億円を投資してpost20億円としても、25倍にもなるはずですから投資家は大儲けです。*2
 そして、残余財産優先分配額が「1倍」での参加型の場合、仮に将来5億円でしか売却できなくても、投資家は投資した3億円を先に回収できますし、さらに「参加型」(後述)分として株式数に比例して3000万円分の分配も受けられるわけです【計3.3億円の分配←3億円+(5億円−3億円)×15%】。

*2  このあとに第三者割当増資をするとすれば、この投資家の持分はもっと薄まりますので、企業価値500億円の15%より下の金額になる可能性も高いですが、話を単純化してあります。
 また、前回のvaluationより低い企業価値で投資を受ける「ダウンラウンド」は、既存株主の調整その他いろいろな意味で実現が難しくなるので、浮かれて株価を上げ過ぎないようにする必要があるのは言うまでもありません。

「pre」「post」は企業価値を表しているか?

 pre17億円というと、「現在の企業の価値が17億円もある」と考えがちですが、残余財産の優先分配権が付いた優先株式を使う場合には、pre17億円というのは、必ずしも投資前の企業の価値が17億円なくてもいいどころか、投資前の企業価値はゼロでもいい(自分が投資した3億円程度で売却できれば元本は回収できる)わけです。

 17億円の企業価値というのは、たとえばPER(株価収益率)が15とすると、年間1億円超の税引後利益が出る水準です。税引前なら2億円くらいの利益が出るのが確実でないと、なかなか17億円の企業価値は付けられません。いわんや、利益が出てないどころか、売上も全然立っていない企業に17億円の価値があるというのは、なかなか難しいわけです。

 一方、普通株式が発行されている会社に優先株式で投資をする場合には、株式の種類が違うので、投資したときには普通株式の価値はゼロで優先株式しか価値がないと考えることもできます。昨今、「まだ売上も立っていないアーリー・ステージの企業のvaluationが上がってバブルの様相を呈してきている」といったことが言われますが、単に普通株式で高いvaluationを付けている場合ならともかく、投資家に有利な条件が付いた優先株式で投資をしている場合は、まったくバブルではない(今の普通株式や企業にはまったく価値を認めていない)こともあるわけです。

 つまり、普通株式と優先株式が混在する場合の「pre」や「post」のvaluationは、「今それだけの価値がある」ということではなく、将来上場した場合には、その持株比率で分け前を分け合いましょうというくらいの意味しかないわけです。

 優先株式を使って高いvaluationでの投資が行われるようになれば、ベンチャーはより大きな額の資金調達をして、より大きな目標にチャレンジすることができるようになります。

「日本ではなぜGoogleやFacebookのような企業が出てこないのか?」といった疑問に対して、「日本人がリスクを取らない国民だからだ」とか「日本のベンチャーのレベルが低いからだ」といった理由付けで納得してしまっている識者の方をよく見かけます。しかし私は、こうした優先株式の性質を知ってそれを活用していないという技術的な理由が最も大きな要因の1つだと思います。「民族性」といった思考停止に陥る前に、優先株式を普及させてみるべきです。

 仮に将来1兆円の企業価値になるかもしれないビジネスがあっても、普通株式だけの投資では、まだ売上も立っていない企業を100億円の価値があると評価して、10億円を投資するといったことは困難だったわけですが、優先株式を使えば、1兆円になる場合はもちろん、仮に10分の1の10億円で売却されることになっても、投資家は損をしないわけですから。