とっておきの会社

 陳は口では平静を装っているものの、焦っているようだった。ということは、いい物件さえ見つかれば取引の成立は早いだろう。前原はさっそく大学時代からの友人で、文京銀行駒込支店長の高田に電話を入れた。

「それなら、とっておきの会社がある」

  高田はそう言って、サプリメントの研究開発と自社商品を販売する新生バイオ社を勧めた。

 新生バイオ社は製薬業界大手のパスツール社の開発部門の一部を5年前に切り離してできた会社だ。現在の年商は30億円、従業員は100名程度に過ぎない中小企業だ。とはいえ、その将来性は高く評価されている。

「アンチエイジングサプリのリーダー的存在なんだ」

 高田は、新生バイオ社がいかに素晴らしいかを力説した。

「この程度の規模でリーダーというのは大げさじゃないか?」

 疑問に思った前原は、高田に尋ねた。

「コンサルタントのお前が、そんなことを口にするとはあきれたね。会社の規模が大きいかどうかはリーダーの条件じゃない。大切なことは、その商品を支える知的財産だ。誤解を恐れずに言えば、この会社の商品は『不老長寿の秘薬』なんだ。だから、製薬業界では、新生バイオ社を『パスツール社の秘蔵っ子』と呼んでいる」

 前原は首をかしげた。そんな前途有望な新生バイオ社を、なぜパスツール社が手放すことにしたのか。

「資金繰りだよ。もしかしたらパスツール社は来年まで持たないかも知れないんだ。危機が差し迫ると、会社はもっとも大切な財産からたたき売らざるを得なくなる。今回のケースは、その典型さ」

 この手の話をさせたら銀行屋にはかなわないな、と前原は思った。実際、三洋電機もソニーも、もっとも金を稼ぐコアな事業から売ってしまったではないか。

「そもそもパスツール社がおかしくなったのは、投資の失敗だ。米国の製薬会社を買収したものの思惑通りにいかなくて、資金が回らなくなったんだ。オフレコだけど、うちの銀行は、すでに融資の引き揚げを進めているんだ。新生バイオ社の株式の売却を強く勧告しているのも、その一環さ」

 そういう事情なら、この話、悪くなさそうだ。

「それでうちの経営研究所で新生バイオ社の企業価値を評価することになった」

「で、評価はどうなんだ」

「ダブルAさ。まあ、君のところもコンサル会社だから、さらに調査をしてガッポリ稼げばいい」

「もちろん調査はさせてもらう。だが先方は急いでいてね。2、3日で調べ上げなくてはならないんだ。君の経営研究所で作った報告書を見せてもらえると助かるんだが…」

「わかった。だが、このことは、うちの銀行にもクライアントにも内緒にして欲しい。守秘義務違反は避けたいからな」

「わかった。約束する」

 と言って前原は電話を切った。

(つづく

※本連載は(月)(水)(金)に掲載いたします。


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