有権者は事実上、議員を選択する機会を失うことになる。なかには議員選挙を活性化させるために、選挙ごとに議員定数を削減する自治体までうまれている。そうした自治体のひとつは、30あった議席を削減し続けて現在14。それでも効果なく、いつも「少数凡戦」の市議選に終わっている。 

 こうしたまるで不燃物のような地方議員選挙が繰り返されることにより、投票率は低下の一途をたどるはめになる。その結果、組織票の比重がより高まることになり、特定の組織や団体の後ろ盾を持った人たちだけが当選する傾向がより強まっている。

 さらに、地方選挙は国政選挙のような「風」や「ブーム」と無縁なこともあって、議席の「団体指定席化」や「家業化・世襲化」に拍車がかかっている。その裏返しの現象として組織票のあてのない新人は勝ち抜くことが一層困難となり、チャレンジする前に断念しがちとなる。つまり、立候補する新人候補そのものが少なくなっているのである。

 地方議会への新規参入は容易ではなく、現職議員有利の体制が確立されてしまっている。当然のことながら、議員の新陳代謝はなかなか進まず、議員間の競争原理も働きにくくなっている。切磋琢磨のない社会に進歩はあり得ない。こうして地方議員の質の低下が、急速に進行する事態となってしまっているのである。

自治体の権限と責任が飛躍的に拡大
「政務活動費」に見る議員の権限強化

 住民の中には、こうした地方議会・議員の実態を目にしながらも「誰が議員になっても同じだ」と、まるで達観したように語る人も多い。議会は所詮、執行部(行政)の追認機関にすぎず、あってもなくても同じだという突き放した見方である。果たしてそうなのか。

 日本の地方自治は、首長と議会がそれぞれ住民に直接選ばれる「二元代表制」だ。このうち首長は執行機関の代表で、議決機関の議会は自治体の意思決定と執行機関の監視、さらには政策提案する立法(条例)の役割を持つ。その実態はともかく、地方自治の根幹をなす存在と言える。

 もっともそれは、国の地方に対する関与が大幅に見直された2000年以降の話である。それ以前の自治体は国の機関委任事務制度の下にあり、実質的に国の下請け機関に近かった。特に都道府県は仕事の7~8割が機関委任事務で、議会の関与は残りの固有事務に限定されていた。つまり、議会の役割自体が小さかったのである。極論すれば、「誰が議員になってもそう違わない」時代と言えた。

 その後、中央集権から地方分権に大きく流れが変わった。2000年に地方分権一括法が施行され、自治体の自己決定・自己責任の時代が到来した。機関委任事務は全廃され、地方自治の脇役に甘んじざるを得なかった議会の役割・責任が飛躍的に拡大した。