つい先日、西日本の地方都市に講演で呼ばれた。終了後に控え室で、主催団体のスタッフや関係者たちと談笑していたら、扉が小さくノックされた。

 スタッフが扉を開ければ、30代前半という感じの女性が、もじもじとした様子で立っていた。「森さんにお話ですか?」と訊かれた彼女は「はい」と頷くのだけど、なかなかその用件を口にしようとしない。大勢がいるところでは話しづらい内容なのかもしれない。察したスタッフや関係者たちは、「じゃあしばらくロビーにいます」と中座してくれた。

 「お疲れなのに申し訳ありません。私はこの地の動物愛護センターに去年から勤めています」

 そう言ってから彼女は、名刺を差し出した。肩書きには獣医の記載がある。

 「森さんは、動物愛護センターはご存じですか」

 かれて僕は頷いた。要するにかつての保健所だ。飼い主のいない犬や猫の里親を探したり処分したりするところ。

 「……私は動物が好きで獣医になったんです」

 彼女は言った。

 「でも今の自分の仕事は、動物の怪我や病気を治すことではありません。犬や猫を殺すことです」

 僕はもう一度頷いた。かつてテレビ・ディレクター時代、動物実験をテーマにしたドキュメンタリーを作ったことがある。タイトルは『1999年のよだかの星』。だから動物実験の現状や問題点については、ある程度は知っているつもりだ。動物愛護センターそのものへの取材や撮影はしていないけれど、犬や猫たちの悲惨な現状については、取材中に何度も耳にした。資料も読んだ。日本全国で1日あたり、ほぼ1000匹の犬や猫が、愛護センターで殺処分されていることも知っている。

 『1999年のよだかの星』を作り終えた2年後、東京都内の食肉市場である芝浦と場のドキュメンタリーを企画した僕は、と場に何度も通い、牛や豚のと畜現場も何度も見た(書きながら苛々している。なぜなら今使っている日本語かな漢字変換ソフトのMS―IMEもATOKも、「と場」や「と畜」をどうしても変換しようとしないからだ)。

 と場を舞台にしたテレビ・ドキュメンタリーは結局成就しなかったけれど、このときの取材はこの2年後に、『いのちの食べかた』というタイトルの本を執筆するきっかけになった。

 この秋に公開されたドキュメンタリー映画『犬と猫と人間と』は、ペットとして飼われた犬や猫たちの命と人間のエゴをテーマにした作品だ。公開前に試写を観て、僕はパンフレットにコメントを提供した。

 「人は進化した。繁栄した。この地球上における生きもののヒエラルキーの最上位にいて、あらゆる自然を加工した。他の生きものを利用した。

 特に犬と猫。この2つの種は人の愛玩動物となった。