中国では、1989年6月に「天安門事件」があった。民主化を求めて北京の天安門広場に集結していた学生を中心としたデモ隊を、人民解放軍が武力弾圧した事件だ。米国、英国、フランス、日本、西ドイツなど西側民主主義国から一斉に批判を浴び、諸外国における中国の評価は大きく下がった。中国は、その後デモなど大学生の政治的な活動に対し、慎重にならざるを得なくなった。

 諸外国では、大学生のデモ活動など政治的な意思表明は、世論に大きな影響を与え、政府がその扱い方を誤れば、不安定化してしまう。多くの国の政府にとって、無視することができない存在となっているのだ。

 前回、民族の独立運動を投票で決めるという「あり得ないこと」をやり切ってしまう英国の民主主義の凄さを論じた(第90回を参照のこと)。政府に対する抵抗運動のようなものが暴力だけであれば、政府にとって抑えるのは簡単だ。だが、徹底した対話と民主化を求める運動は、単なる感情論ではない説得力を持ち、力だけでは抑えられなくなる。政府にとって、暴力よりやっかいなものなのだ。

 今回、香港民主化デモを主導した香港中文大学は、学生が学部とカレッジ(「学院」と呼ばれる)の2つに所属する「オックスブリッジ」の教育システムを採用している。授業の約半分は英語で行われており、留学生、外国人教員の比率も高い。民主主義的な気風が強いことで知られている。英国の「民主主義」は、香港中文大学の学生にしっかり根付いているのである。中国政府にとっては、単純に力で抑えられない、一筋縄ではいかないやっかいな存在なのである。

「反日ナショナリズム」は今後使えなくなる
国民の不満を「ガス抜き」する民主化への移行が必要に

 今回の香港民主化デモの拡大で、中国政府に対して国民が思い切り抵抗する姿が、国内外に派手に晒された。これも中国政府にとって、後々面倒なことになるかもしれない。

 これまで中国政府は、さまざまな国内問題に国民が抱える不満を政府から逸らすために、「反日ナショナリズム」を煽ってきた。(第75回を参照のこと)。しかし、香港市民の徹底的な政府に対する抵抗を観ることで、中国国民の怒りの矛先が、日本から中国政府へ向かっていくことになるかもしれない。そして、中国政府が信頼を失い、安定性を失ってしまうと、軍の暴走という不測の事態が起こる懸念が出てくる。