地下一階の展示「十五年戦争」は、(松井知事の言葉を借りれば)自虐史観の展示だ。満州事変から始まって日中戦争、そして太平洋戦争へと進む過程が、当時の新聞やポスター、そして多くの写真や兵器などと一緒に展示されている。三光作戦についての記述もある。

満州事変から太平洋戦争へと進む過程が多くの資料とともに展示されている
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 日中戦争において旧日本陸軍は、中国華北などに対して徹底した抗日ゲリラ殲滅攻撃を行った。三光とは殺光・焼光・搶光。日本語に訳せば「殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くす」こと。犠牲者数は明らかにしていないが、南京虐殺についての展示もある。1931年に中国との戦争が起きた背景についても、「日本陸軍の謀略によって」と明確に記述されている。

 維新の会の議員からは、歴史的に定まっていないことを既成事実のように表現して日本を貶めているとの批判が相当にあったようだが、満州事変の発端である柳条湖事件については、関東軍の謀略によって起こったことは歴史的な事実だ。

 1931年、当時の奉天(現在の瀋陽市)の柳条湖付近の鉄道が爆発物で破壊された。このとき関東軍は、犯行は中国軍によって行われたと発表したけれど、実際には関東軍高級参謀の板垣征四郎大佐と作戦主任参謀石原莞爾中佐が、首謀者として裏で鉄道爆破を指揮している。

 そもそもこの展示の名称である「十五年戦争」は、1931年から日本の戦争が始まったとの意味を含有している。でも最近はこの名称を使う人はほとんどいない。多くの日本人にとってあの戦争の意味は日米戦争であり、一般的な名称としては太平洋戦争だ。だから日本が戦争に負けた相手国はアメリカとなる。

 でもそれは違う。相手は連合国だ。イギリスもフランスもオーストラリアもいた。そして中国も。日本はアジアとも戦ったのだ。その意味では保守派の多くが好んで使う大東亜戦争(そもそもはアジアと共に戦うとの意味付けだったが)のほうが、意味を反転させれば正確だ。