国民の安心実現というお題目を掲げて、手垢のついた政策課題を慌ててパッケージにしたり、古色蒼然たる公共事業や補助金ばら撒きを叫んだり、定額減税をにわかに主張し始めたり、政府与党は来年1月までに行われると言われる衆議院総選挙をにらんで、騒々しい。愚かな有権者に対するご機嫌取りが出揃うなかで、福田首相周辺にごく一部だけれど、「消費税増税を正面から掲げ、勝負すべきだ」という声がある。
同感である。正論と思う。その場しのぎの安心対策に、有権者が納得し、支持するはずがない。
新自由主義的政策によって「小さな政府」を目指した小泉政権は、二つの改革を押し進めた。
規制緩和などによる産業構造改革と社会保障費抑制などによる財政構造改革である。戦後の成功体験に縛られ、環境変化への適用力を失っていた日本にとって、二つとも必要な改革だったと、私は思う。
だが、その二つは少なからぬ有権者にとってダブルで懐に響く、痛みを伴ったきつい改革であった。だから、前者の改革によって生じた所得の減少あるいは格差を、後者の改革を転換する、つまり社会保障を充実させることによって埋め合わせるというのが、福田政権の基本姿勢であろう。小泉路線からの転換と言われるゆえんである。
しかしながら、その社会保障充実路線の実現政策手段が、先に発表された「5つの安心プラン」や今月末に具体策が決まる予定の総合経済対策なのだとすれば、国民は安心するどころかかえって不安を増長させるだけであろう。前回の当コラム(社会保障「5つの安心プラン」という選挙対策のむなしさ)でも指摘したように、そこには財源確保も制度的抜本改革の覚悟も見当たらない。
社会保障の充実(格差是正)をはかり、同時に財政再建を両立させ、真の安心を国民にもたらすには、消費税増税しかない。ポイントは、増税分をどこに配分するかである。
政府与党の中にもさまざまな意見があるのだが、例えば、土居丈朗・慶応義塾大学教授は、消費税率を5%から8%に引き上げて、1.基礎年金の国庫負担2分の1への引き上げ原資、2.地方消費税の増額、3.新しい医療・介護に関する社会保障制度の創設原資、にそれぞれ1%(2兆3000億円)ずつ充当する、というアイデアを持っている。
具体的に、与党が総選挙で取り込みたい有権者像の一例を考えてみよう。かって自民党の伝統的な支持者であった農業従事者。一生涯働くつもりで年金保険料はまともに払ってこなかったから、十分な給付は見込めない。だが、高齢期に入って収入は予想外に落ち込み、他方では医療・介護費用負担が増え、可処分所得は減る一方だ。これでは、暮らしていけない・・・。
こうした有権者に対して、民主党が主張するような直接的補助金(農家戸別所得補償)より、社会保障の機能強化による負担軽減をもって痛みを和らげるほうが、政策としてよほど筋は良いだろう。