病気の発症リスクがわかったときに
生じる新たな課題や悩みとは?

 しかし、いくら手軽に受けられて臨床で有用であっても、検査結果が明らかになると、それに付随して様々な問題が生じ得ます。

 たとえば検査を受けた人がBRCA遺伝子変異を有していたとしましょう。予防的両乳房切除・再建術、予防的卵巣切除術を行うべきか? 結婚前であれば、それをパートナーにどう伝えるのか? 検査は兄弟姉妹や娘がいれば、彼女たちも検査を受けるべきか? 娘は一体いくつぐらいで検査を受け、どのように予防・検診するのが適切か? 他のがんをどう予防・検診するのか?…等、判断に困る課題と不安に次々直面します。

 しかも検査の結果、発症前にわかっても、ハンチントン舞踏病や脊髄小脳変性症のように、予防や治療のできない疾患も多くあるのです。

 遺伝子検査の結果を知って、怒りや抑うつ、不安、罪悪感などを感じる人は多く、雇用や保険における遺伝的差別の恐れもゼロではありません。米国政府はホームページ上で、遺伝子検査のリスクや限界を警告しています。

http://ghr.nlm.nih.gov/handbook/testing/riskslimitations

 このため米国では、遺伝子検査を受ける前に、認定遺伝カウンセラーが主体となって、検査の必要性も含めてカウンセリングを行っています。米国遺伝カウンセラー認定協議会(American Board of Genetic Counselors:ABGC)によると、現在、全米3766人のABGC認定遺伝カウンセラーが、医師などと協働して、遺伝カウンセリングを提供しています。前述のような怒りや不安をはじめとした予期せぬリスクを回避する役割を担っているのです。

 ところが、日本では、まだまだ十分な体制が敷かれているとは言えません。臨床遺伝専門医1132名、認定遺伝カウンセラー151名と人材が限られるため、一部の医療機関でしかカウンセリングを受けることができません。

 また、米国では2008年に「米国遺伝情報差別禁止法(Genetic Information Non-Discrimination Act:GINA)」が連邦レベルで成立しました。この法律により、保険や雇用における遺伝情報に基づく差別が禁止されたのです。一方の日本には、米国のような遺伝差別禁止法が存在しません。技術の進展に、制度整備が追いついていないと言えるでしょう。