勤勉でお勉強が大好きな日本人は
マーケティングが大好き
本来は違うはずなのだが、最近の「マーケティング」という発想は、まったくもって売上を実際に考えなくていい、非常にサラリーマン的で形式的なキーワードとして使われるようになってしまっている。
経営者として、目標とすべきものは売上アップなはずだが、残念なことに、そこがわかっていない社員は、社内で淡々と仕事することだけに目が向いてしまう。
(1)何かをするには社内を説得する必要がある。
(2)データがないので、具体的に提案できない。
(3)マーケティング的な資料を準備して、社内に説明をしなくては!
こんな感じで、データの魅力に取りつかれていき、間違った方向を向いてしまう。提案のためのデータ集めに借り出されてしまう状況に追い込まれた広告代理店の方々も多いことだろう。
さらに、ビッグデータの提案については、広告代理店やシステム会社などが旨みを見出して取りつきやすい。
なぜなら、彼らにとってデータを分析することほど、自分たちの責任を軽くすることができるからだ。受注する。システムを入れる。出てきたデータを客観的に報告する。しかも全部外注(笑)。
その結果からわかるのは、広告がうまくいかなかったのはターゲットセグメントが間違っていたから。それは新たな発見であり、広告のクリエイティブやメディアの責任ではない、ということにできる。なんて楽な仕事だろうか。
本来であれば、ここに改善提案がくっついて初めて意味を成すデータであるが、費用対効果の最適化を目指したはずが、配信コストは高くなってしまっている。
もっと具体的にイメージしてみてほしい。
あなたがある企業の経営者で、部下に「売上を上げるために、現在の状況を分析して新しいアイデアを出すように!」と指示したとき、部下が広告代理店と一緒になって、社内の顧客データを分析して、数ヵ月、何千万円という費用をかけ、「こんな分析結果が発見されました!」という報告をしてきたら、あなたは「よくやった」と言えるだろうか?
絶対に言えないはずだ。
そのとき、あなたが口にするのは、「で、それをやったらいくら儲かるの?」だろう。
結局のところ、経営者の本音は「データはいいんだけど、いくら売れたの?」ということだ。ほしいのは売上であり、膨大なデータではない。
ボランティアではないのだから、売上につながらないことは評価のしようもないし、厳しい言い方をすれば、データを集めているだけでは会社は存続していかないのである。
ダイエットに関する栄養学や医学を覚えても、その人が実際に動かないと痩せないように、データはあくまでもデータ(知識)なので、いくら大量に集めたとしても、それをマーケティング的な行動に移さないとまったく意味がない。
ダイエットで最も大事なのは燃焼しやすい体をつくる(=筋肉を増やす)ことだ。そこにはデータは必要ない。必要なのは地道なトレーニングである。マーケティングも同じだ。
※ちなみに私・加藤公一レオは地道なトレーニングによって20kg痩せた!(笑)
デジタルな数字データは、人間のアナログの力が加わって初めて意味を持つ。テクノロジーはツールであり、実際に人の手によるアクションが伴ってこそ、成果に結びつくのだ。
会社にとってほしいのは売上という結果であって、データという経過ではない。だから、私は再度はっきり言わせてもらう。
広告/マーケティング的な観点において、ビッグデータの分析なんて、徹底的に費用対効果を改善させた場合にのみ効果を発揮する。
結果としての売上を、本気で追い求めたいなら、もっと具体的な策にコストを使ったほうがいい。
よく、ビッグデータを見ることで長期的な戦略が見えてくるという人がいるが、来月の売上拡大がなければ、そんな長期的視点を見ることもできなくなる事実を知ってほしいところだ。