うまくいかないコミュニケーションだから、
学びは大きい
吉田 だとすると、「何か話さなきゃ」と思ってしまう自分は、まだまだです。先生は、目の前の人が話さなくても気にならないんですか?
岸見 気にならないですね。言葉を交わせたら、もちろんありがたいとは思うのですが、その前に「同じ空間を共有すること」がすべてだと思っていますから。
吉田 一緒の空間にいることがすべて、ですか。
岸見 逆の状況を考えればわかります。ある人と同じ空間にいるだけで、すごく辛いことってありますよね。僕にとっては、父親がそういう存在でした。父と同じ空間にいるだけで、空気がピリピリ緊張する気がするのです。
吉田 ……そういう人がいるのはわかります。
岸見 大人になってからも、僕の子どもがいればちょっと楽になるのですが、二人きりになると息詰まるような感じでした。言葉が交わされなくても、同じ空間にいるだけで、お互いに影響を及ぼし合っているわけです。
僕の父親も僕と同じく、あまり話が上手なタイプではありませんでした。肝心なことは、自分からは言わない人だった。僕が哲学を勉強することにも猛反対だったし、文学部に進むこと自体、人生の落伍者みたいに考えていたようです。「哲学なんか勉強したら、自殺するんじゃないか」と思うような世代の人でしたからね。
それなのに、僕には直接、反対していることを言わないのです。
吉田 猛反対しているのに?
岸見 それで僕の母に、「お前が反対しろ」と言いました。そういう人って、昔は多かった。僕と父の間には、直接のコミュニケーションはほとんどなかったけれど、裏ではいろいろな感情のやりとりがあった。僕はそこから、いろんなことを学びました。
吉田 どんなことを学んだんですか?
岸見 自分の話をすごくよくわかってくれる人からは、ほとんど何も学べない、ということです。言わなくても何でも理解してくれたり、話していて楽しい、という人とばかりコミュニケーションしていても、学ぶことはないですね。