元陽の棚田を飽きることなく見つめていたその時、なぜか「地球を刺繍する」、このすっかり忘れてしまったはずの表現が私の脳裏をかすめた。ハニ族の女性たちは、西の山に沈む夕日に映えて鏡のように輝く棚田でせっせと田植えをしている。みるみるうちに、一面あたりは緑に染まっていく。彼女たちのシルエットに私は深い感動を覚えた。彼女たちこそ地球を刺繍するアーティストだ。

 翌日、森田さんがリポートする現場近くでちょうど一人のハニ族女性が棚田に田植えをしていた。連れてきた2人の子供は水田の近くで遊んでいた。

 子供が大好きなので、お菓子などをやっていたら、まだ20代のこの女性と言葉を交わすチャンスを得た。旦那さんが1年前に亡くなり、女手一つで2人の子供を養っていかなければならない。長女はビニールに身を包み、地面に寝ていた。その額に手を当てたら、熱があった。道理で先ほどお菓子をやってもあまり元気がなかったのだ。

 ほかの農家は数人でグループを作り、互いに助け合いながら、順番で各家の水田の田植えをしていく。その場合、賃金を払う必要はないが、助けられたその日には、みんなに食事を振舞う。これがこの地方の習わしだ。しかし、未亡人はみんなを食事に招待するほどの経済力さえもなかったようだ。だから、一人で懸命に汚濁の水田に目に染みるような緑の稲苗を植えていく。

 地球を刺繍する人々はなかなか貧困から抜け出せない。取材を終えて帰ろうとした時、私は彼女に今日だけちょっと早めに帰宅して熱を出した長女を病院に連れて行ったらどうだと声を掛けた。そしてそっとお金をいくらか握らせた。彼女の目が潤んだ。

 感謝の言葉を聞き終わらないうちに、私は逃げるように水田を、そして元陽を後にした。30年前の黒竜江の畔で送っていた自分の生活を思い出したからだ。

 そのあと、私はネットにこのことを書いた。そして、「雄大な景色の裏に、いまでも貧困に苦しんでいる人間が大勢いる」と感想を述べた。