「企業が変わるべきタイミングを見極め、正しい施策を正しいタイミングで行ったことです。資金繰り危機に陥ったとき、すべてのエネルギーをその問題の対応に注いだこと、そして、それを抜本的なコスト削減につなげていく流れを作ったのは、見事でした」
「リーダーは常に危機感を持つことが重要だ。有事の際には企業を救う時間が限られているから、タイミングがすべてだね。どの対策をどのタイミングで行うか、優先順位をつけるためには、危機意識を持って、日頃から経営課題の優先順位を理解しておく必要がある。健太も有事に必要なリーダーシップが少しは身についたんじゃないか」
「まだまだです。ただ、将来は、有事の企業を救えるようなプロフェッショナル・リーダーになりたいと思います。自分のキャリアの方向性が少し見えてきたような気がします」
「本社もそれを期待しているようだよ。小城山上海はようやく問題児でなくなり、別の問題児が君を必要としているということさ」
「そう言ってくださるのは嬉しいです。必要とされるのは感謝すべきことですね。人事部からの連絡を待って、次のチャレンジを尋ねてみることにします」
「今夜は夕食を一緒に取ろう。予定を空けておいてくれるかい」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
健太がGM室を出たところで、携帯電話が鳴った。てっきり本社の人事部からかと思ったが、その予想は外れた。
「丸山さんですか? 海外事業部の田中です。お元気ですか」
「田中さん、ご無沙汰しています。元気でやっていますよ」
「そうですか。そちらに赴任されて1年経ちますが、異動になりそうです」
「もう帰国ですか。せっかく上海に慣れたのに、何だかさびしいですね」
「いや、正確に言うと帰国ではないのです」
「えっ? 中国の別の子会社ですか?」
「それも違います。今、本社主導による大型プロジェクトが進行中です。そのスタッフとして参加して頂きたいのです」
「ということは、海外事業部付の身分のまま別の案件に参加するということですね」
〈どうりで人事部からの連絡ではないはずだ〉
「今月中に一旦帰国できますか?」
「はい。一旦ということは、また海外に行くのですね。場所はどこですか?」
「米国西海岸のシリコンバレーです。ここの気候は最高ですよ。それでは、東京で久しぶりの再会を楽しみにしています」
そう言って、田中は電話を切った。
〈シリコンバレーか……。スタンフォード大学があるところだな。麻理さんにまた会えるかな〉
健太は麻理の顔を思い浮かべた。
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