それでもMさんは4社に応募し、3社の面接を受けた。しかし、採用には至らなかった。糖尿病その他の病気を抱え、ハローワークに通うのも痛みをこらえつつ、という63歳のMさんが就労に至らなかったことを理由として、2009年4月、静岡市は生活保護を打ち切った。2008年の「リーマンショック」の影響で失業者が急増し、収入の激減と再就職の困難に直面する人々が若年層にも多数いた時期のことであった。

 高齢で、健康が損なわれており、就労に有利な資格等を持っているわけでもないMさんが、他の求職者とともにハローワークで就労のために活動しても、就労に至る可能性は極めて低い。「どういう仕事なら就けるのか」「どういう条件なら続けられるのか」といった丁寧な検討は行われたのだろうか?

「市役所の就労支援員の指導を受けたこともありますが、自分の生活パターンを考えるようなことは全くなく、『この仕事はどうですか』を繰り返すだけという感じでした」(Mさん)

 資格やスキルや経験を持っている30代や40代の転職でも、転職エージェントの専門家が充分な聞き取りをし、転職者を求めている企業との間で丁寧な摺り合わせを行わなくては、なかなか成功には至らないものだ。より条件の悪いMさんが、成功に至りそうな就労支援を受けていなかったのは、確かであろう。

生活保護制度は
社会の何もかもを支えている

 憲法学者の笹沼弘志氏(静岡大学教授)は、生活困窮者支援にも深く関わり続けており、Mさんと「静岡エイプリルフール訴訟」を支援してきた人々の一人でもある。その笹沼氏は、この判決をどう見ているだろうか?

「生活保護の『稼働能力活用』要件は、福祉事務所に『働けるのに働かない人は生活保護の対象にしなくてよい』と解釈され、生活保護からの排除の方便として便利に使われてきました。今回の高裁判決には、『もう、そういう使い方はできない』ということが、はっきり示されたという意義があります」(笹沼氏)

 この裁判での争点の一つは、生活保護法第4条第1項の

「第四条  保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」

 をどう解釈するか、という問題だ。

「静岡エイプリルフール訴訟の地裁判決・高裁判決では、今までの行政の考え方が基本的に覆されました。その人が生活に困窮している事実があれば、保護しなくてはならないんです。その時、資産・能力などを活用しているかどうかは、保護した次の段階で問題になります。その人が『生活保護の要件を満たさない』ということを証明する義務は、福祉事務所にあります。立証責任は、福祉事務所にあるわけです。証明できないなら、保護する義務があります」(笹沼氏)