第153回の芥川賞に介護をテーマにした小説が受賞した。羽田圭介さんの『スクラップ・アンド・ビルド』である。祖父の介護をする28歳の孫が主人公だ。女性の大学教授が若年認知症になっていく姿を描いた映画「アリスのままで」が、アカデミー賞の主演女優賞を受賞したばかり。

 高齢者介護が、普通の人の普通の生活に入って来るとともに、小説や映画で取りあげられることが増えて来た。体験を織り込ませていることが多いこともあり、読み手や視聴者がすぐに参考にしがちだ。

 認知症について不安を抱えている多くの人にとっては、ケアの有力な情報源となる。発症理由が不明で根治薬のない障害だけにその思いは強い。そして、事実、ケアのあり方を考えさせられる内容が含まれている。  

現代の介護現場を巧みに抽出した明るい読み物
羽田圭介さん『スクラップ・アンド・ビルド』

『スクラップ・アンド・ビルド』羽田圭介著/文藝春秋刊

 『スクラップ・アンド・ビルド』がなぜ受賞作となったのか、選考委員はどのように判断したのか。同作が掲載された「文藝春秋」9月号の選評では。

「(青年と)老人の、微妙な愛情をユーモアを交えて描いて見せた」(宮本輝さん)。「主人公の浅はかで姑息なアフォリズムをまといながら、その実、生き伸びるのに必要な知識とユーモアを芯に持つ」(小川洋子さん)。

「語り手は天然ぼけであるところが笑える。介護にも役立つと考えて筋肉の鍛錬に励んだり、祖父が生き長らえる気力を削いでやろうと努力したりしながら、介護について観念的認識と実存的感覚のギャップを開示してもいる」(島田雅彦さん)。

 文学的な完成度についての講評と読み取れる。そのなかで、介護を社会と結びつけて論じたのは高樹のぶ子さん。最も的確な指摘だと思われる。

「(候補作は)いずれも時代や社会的状況、時間の流れを意識して書かれている。個の内面が外部世界と繋がっている。…それだけ外部世界は逼迫しているということでもある。…個の内面や感性だけで小説を書くことができなくなった…その変化を最も端的に感じたのは『スクラップ・アンド・ビルド』だ」と、解き明かす。

 受賞作が社会性を持つのは「祖父と孫の接点は、煮詰まった鍋の底のように切実だ。死にたい、と口癖のように言う祖父のために、孫息子は死を叶えてやろうとするが、本当は生にしがみついているのを知る。祖父のずるさがユーモラスでかなしく、ここにある生と死の息苦しさは、日本中に蔓延している」と高樹さんは解説する。

 多くの評者が「ユーモア」「ユーモラス」という言葉を使っていることから明らかのように、要介護の祖父の症状はそれほど重度ではない。デイサービスに通い、月に1度は3日間のショートステイを利用する。3人暮らしの母は仕事を持ち、失業中の孫が祖父に寄り添わざるを得ない。

「死にたい」と繰り返す祖父のために、「過剰介護」を決意し、尊厳死の背を押そうとする孫。「(世界は進歩したのだから)苦痛なく天国へ行くことぐらいできなきゃおかしいだろう」と極めて合理的な考えからだ。