作家・藤沢数希氏がホストとなる「金融対談日記」。久々の新シリーズは、いまや日本だけではなく世界的にコミュニケーションアプリを運営しているLINE株式会社で、上級執行役員として法人ビジネスを担当する田端信太郎氏との対談です。
藤沢氏は、現役の外資系投資銀行の社員としてその内実を赤裸々に描いた大ヒット作『外資系金融の終わり』(2012年)以降、作家、投資家として独立し、いま世間で議論を巻き起こしている「恋愛工学」の研究に注力してきました。その結実である最新作『ぼくは愛を証明しようと思う。』を、メディアビジネスに精通する田端氏はどのように読んだのでしょうか。(構成:福田フクスケ 撮影:加藤浩)

藤沢数希氏の最新作は意外にも恋愛小説。丸善丸の内本店ではフィクション部門1位に(2015/7/9~7/15)。

大勢のアフリカ人の命よりもライオン一匹のほうが大切な人々

田端信太郎(以下、田端)『ぼくは愛を証明しようと思う。』を、おもしろく読ませていただきました。藤沢さんの提唱する恋愛工学は、ネットでは「けしからん」「不道徳だ」と批判されることも多いわけですが、僕は藤沢さんの言っていること自体は価値中立で、まさに“工学”あるいはサイエンスであり、エンジニアリングだと思っているんですよ。それに対して善悪で価値判断しても仕方ないと思うんです。

藤沢数希(以下、藤沢) 僕は、恋愛に関しても、そういう一般に信じられているモラルというか、常識から自由になって、まずはニュートラルな視点からの理解が大切だと思うんですよ。サルの生態を研究するときと同じように、人間の生態も研究してみる必要がある。「愛だ恋だとぬかしたって、所詮は僕等アニマルなんです」とミスチルの歌にもあるじゃないですか。

田端 日本人は、“記述的”な言説と“規範的”な言説の区別がついていない人が多いなと常々思っているんです。たとえば、「全ての乳幼児は健康に養育され成年になるべきである」という主張は、規範的には100%正しいし、僕ももちろん賛成です。一方で、「遺伝的な資質により、生命力が弱い個体は自然淘汰される」というのも記述的には100%正しい。それなのに、前者の立場から後者の事実を「けしからん」と批判したり、否定する人がいるんですよ。

田端信太郎(たばた・しんたろう) LINE株式会社 上級執行役員 法人ビジネス担当。 1975年石川県小松市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン「R25」を立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。その後、ライブドアに入社し、livedoorニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSなどを立ち上げる。 2010年春からコンデナスト・デジタルへ。VOGUE、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトとデジタルマガジンの収益化を推進。2012年6月 NHN Japan株式会社 執行役員広告事業グループ長に就任。2014年4月から現職。 LINEなどの広告営業および、LINEビジネスコネクトによるCRM展開など法人ビジネス全般を統括。 著書に『MEDIA MAKERS』(宣伝会議)、『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(共著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

藤沢 日本人は、いろんなものに自分の善悪の価値観を持ち込みますよね。僕が『「反原発」の不都合な真実』という本を出したときも、このデータや計算はおかしい、こうやったほうがもっと正確になる、というような反論がくると思って、僕はそうした反論に耐えられるように、必死に信頼できる資料を探して、ベストを尽くして様々な試算をしたんです。そして、「原発を止め続けることは経済的にも、人々の安全という点でも圧倒的に損だ」という結論になった。僕は、反原発の人たちと、定量的な議論や論争がはじまると思っていたんですが、一向にそうした反論は聞こえてこなかった。ただ、原発=悪、という結論からはじまる感情論に終始していて、原発は絶対に安全なのか?といったレトリックで攻撃してくるだけなんですよね。

田端 恋愛工学も基本的には記述的な言説だから、それに対しては良いも悪いもないはずなんですよ。もし反論が有り得るとしたら、「こんなことしなくても女性を口説いてセックスできる確率は上がる」とか、女性の側からの批判なら「私はそんなやり方じゃ落ちない」という立場に立って多数のサンプル数を集めるのが正しい批判、反証の作法でしょう。善悪の価値判断で批判している人は、恋愛工学の客観的な正しさ自体は認めざるを得ないんじゃないかな、と逆に勘ぐってしまいますね。

藤沢 まあ、これは日本人に限った話でもありませんね。程度の差や、どこで規範的なことに感情的になるかのツボの場所の違いこそありますけど、合理的だとされる欧米人もいっしょですよね。

田端 先日も、ジンバブエのちょっと有名だったライオンがアメリカ人の歯科医に、趣味のハンティングで殺されてしまったことで、大きな騒動に発展しましたね。その歯医者を捕まえて処罰せよ、と「エコ派」「グリーン派」はみんな感情的になっています。内戦や貧困で多くのアフリカ人が死んでしまっても、ほとんど関心を持たなかった先進国の住人が、ライオンを一匹殺されて怒髪天を突くように怒ってる(笑)。当のアフリカ人にとっては、ライオンは自分たちの命を脅かす害獣でしかないのに。

藤沢 彼らはイルカにも妙にハッスルしますからね(笑)。

田端 かつてインディアンの先住民はたくさん殺したのにね(笑)。もちろん、日本人は~、欧米人は~、と一括りにする議論もずいぶんと乱暴なんですけど。

自分の首を締める政策が好きな人々

藤沢 科学の世界では記述的な正しさが求められるし、金融の世界では正しい理解をしている人が勝つから、問題ないんですよ。間違っている人は、単にお金を失ってくれるだけなんで、僕は間違ったことを信じている人たちが大好きなんです。金融では。彼らがいるおかげで、正しく物事を理解している人が儲かるわけだからね。

田端 でも、株式市場でも、間違っている人が、そのまま儲けちゃうようなこともよくありますよね。

藤沢 そこがおもしろいところで、そういうことは、『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』という本に詳しく書いたのですけどね。

田端 プロがしのぎを削っているから、市場が効率的になるという話ですね。ひとりの個人投資家として、僕は必ずしも市場は効率的ではないという信念を持っていますがね。

藤沢 金融で「効率的」というのは、利用可能な情報が全て価格に織り込まれていて、価格が常に適正になっているという意味です。現在の価格が常に正しかったら、株が上がるか下がるかは誰もわからない。つまり、サルとプロの違いはなくなる、ということですね。これが効率的市場仮説(Efficient Market Hypothesis, EMH)。

田端 藤沢さんは、恋愛市場と違って、株式市場はかなり「効率的」だと思っているんですよね。

藤沢 株式市場でも、時価総額やPERの意味を知らないような人たちが、上がるか下がるかの丁半博打をやっているのは、他の分野と変わらないんですよ。しかし、株式市場では、100人の参加者のうちの90人はバカで、10人が賢いとしたら、その10人がマーケットシェアの9割を占めているから、人数ではバカが多くても、市場全体では効率的になってしまうんです。皮肉なことに、結果として、90人のバカは、安心して丁半博打が打てるわけですね。

田端 しかし、株式市場も完全には効率的ではないから、そういうバカな人たちの行動を予測して儲けられる人たちもいますね。

藤沢 株式市場で勝つには、正しいだけじゃダメですね。トレーダーとしては、正しい金融理論をマスターして、バカな人をバカだと指摘できる能力というのは、本当に初歩の初歩なんですよ。

田端 そういう賢い人たちは、これはバブルだといって、早すぎるタイミングで株を売りはじめたり、あるいは日本国債に空売りをしかけたりして、かえって「バカ」と揶揄した人たちの大軍にやられて、死屍累々になってますよね(笑)。

藤沢 バカな人をバカだと指摘できるぐらいじゃ、ぜんぜん賢くない。それはレベル1の賢さです。ちょっと教科書を読んだぐらいです。レベル2になると、バカな人がどんなバカなことをするのかある程度予測できるようになる。さらにレベルが上がると、市場にはどこにどういう種類のバカがどの程度いて、そうしたバカな人たちが次にどんなバカなことをしでかしてくるのかまできめ細かく予測できます。バカな人たちのバカの程度、バカな人たちの人数と資金量、バカな人たちが集団になるともっとバカになるんですけど、その結果、どんなバカなことをするのかというバカの集合のダイナミクスを正確に理解していないといけないんですよ。

田端 株式市場では、よくバブルが起こったりして、株価は、将来キャッシュフローを適正なリスクで割り引いたものになっている、というような単純というか極度に理想化された教科書に書いてあるような効率性はなくても、やはりバカな人たちが淘汰されるメカニズムはありますよね。なんだかんだ言っても、バフェットにしろ、ソロスにしろ、投資や投機の世界で勝ち残った人は、聡明な人ばかり。運だけではありませんよね。でも、政治の世界はそういう淘汰のメカニズムが効きにくいと思うんですよ。政治家は、“間違っているけど大衆が感情的に支持する”ほうの「規範」を選ばなきゃいけない局面が多いですからね。

藤沢 それが民主主義のコストですね。優秀なトレーダーがバカな人がどんなバカなことをするのかを予想するように、優秀な政治家はバカな国民がどんなバカな勘違いをして、自分たちの首を逆に締めるようなどんなバカな政策を支持するのかを予想します。そして、バカな人が喜ぶバカな政策を打ち出してきます。その結果、バカな人たちは不幸になるし、国は貧しくなるのだけれど、政治家は、選挙に勝てれば、そんなことは知ったことではありません。

田端 そして、恋愛市場は、さらに非合理的で、非効率な世界だと、藤沢さんは思っているのですね?

貧乏な院生時代のほうが投資銀行時代よりモテたパラドックス

藤沢 そうですね。ところで、田端さんは、昔、DJをやっていたんですよね?

田端 ええ。まあ、そんなに本格的ではないんですが。大学生の頃にクラブで何度か回していたというほどです。

藤沢 僕は日本の大学を卒業して、博士課程で海外の大学院に行ったんですけど、クラブが大好きで、海外に住んでいたときは、しょっちゅうクラブに行っていたんです。大学院生のときは、昼から夜まで研究に集中して、夜になるとクラブに遊びに行く、という生活でした。

田端 楽しそうですね。

藤沢 それで、僕はずっとナンパしていたんですが、奨学金だけで生活している大学院生なんで、女の子をデートに誘うにしても、いいレストランに連れていけないんですよ。日本で学生をしていたときは、塾の講師やプログラマなどの割のいいアルバイトをしていたんで、そこそこお金もあったんですけど。

田端 そこで、お金がないなりの、お金を使わない恋愛戦略を工夫して作り上げたんですね。恋愛工学として。

藤沢 ええ、そうです。それで、まあ、そこそこは成果も出ていたし、休暇や国際会議で日本に帰ってくると、六本木のクラブで遊んでいたんです。それで、僕はいつも思っていたんです。ああ、僕にお金があったら、もっと楽に、簡単にモテるようになるのに、と。

田端 それで研究者を辞めて、一番稼げそうな外資系投資銀行に就職したわけだ。

藤沢 そうです。お金を稼いで、もっとモテるようになるために研究者を辞めたんですよ。

田端 やっぱりウハウハでしたか?

藤沢 僕は、貧乏でもそこそこモテる戦略を編み出していたから、金があれば、もう、これは鬼に金棒だと思いましたね。クラブで酒なんかいくらでもおごれるし、高級レストランにも連れていけるわけですから。ついに、新世界の扉が開いた、と思ったんですよ。

田端 ついに……。悲願達成の日々が?

藤沢 ところが、六本木のクラブでですね、知り合った女の子に、名刺を渡したり、高給取りであることをほのめかしたり、高いレストランに誘ったりしても、ぜんぜんモテない。昔は「ドリンクおごってよ」と言われても、お金がもったいないから、「俺とゲームして勝ったらおごってやるよ」とか言って、難癖つけて絶対におごらなかったけど、クラブのドリンクなんて大した金額じゃないから、外資系投資銀行で働きはじめてからは、「いいよ、いくらでも」と答えていたんです。そうすると、ドリンクだけ飲んで、すぐにどこかに行ってしまうんですよ。女の子は。

田端 逆にモテなくなってしまった?

藤沢 そうなんです。不思議なことに、逆にお金を稼げるようになってからのほうがモテなくなったんです。

 それでね、ある日、僕はもうモテないものだから、やけになって、バーカウンターで女の子と話していたときに、仕事を聞かれて、「いや、別に俺、ホームレスだから」と言って、適当のあしらったんですよ。

 そしたら、上手く行ったんですよ!

田端 ははは。

藤沢 それで、僕は会社の名刺も破り捨て、ドリンクもおごるのをやめて、将来性のアピールだとか、高級レストランに誘ったりすることをやめて、昔の貧乏時代のやり方に戻したら、また、モテるようになってきた。

 女の人は金持ちが大好きで、金持ちになったらモテモテになるという世間の常識は、何か根本的に間違っているということに気がついたんです。

田端 カネよりもコミュニケーション能力ということですか?

藤沢 いや、そこはそんな単純な話じゃないんですよ。確かに、女の人は金持ちが好きなんですよ。正確にいうと、女の人は、金持ちが好きだと思っている。しかし、恋愛感情って、もっと原始的なもので、言葉で説明できるようなものではないんですよ。そこの原始的な感情に訴えかけるコミュニケーションの方法を学ばないといけない、ということなんです。恋愛感情って、こうこうこうだからこう思う(Think)、ということではなく、ただ、相手に対する好意を感じる(Feel)ということです。恋愛感情って、意志じゃないんですよ。

田端 確かに、好きだという感情は、ただ起こり(Happen)ますからね。好きか嫌いかをロジカルに考えて選択(Choose)しているわけじゃない。恋は意志じゃないんですね。ところで、ルミネの今年のコピーに「恋は奇跡。愛は意志。」というのがありましたね。

藤沢 こういうことは、脳の構造に由来していて、人間の脳というのは、大脳辺縁系という、他の哺乳類とほとんど変わらない部分があって、その外側に、進化の過程で、つぎはぎだらけで大脳新皮質を作ったんです。大脳辺縁系が人間の意思決定に深く関わっているのですが、こいつは言語能力を持ちません。性欲などの本能や恋愛感情があり、ここは自分がやりたいことかどうかをただ感じるんです。ライオンを見たら、恐怖の感情ですぐに逃げる。他の哺乳類と同じです。一方で、大脳新皮質のほうは、言語能力を持ち、合理的な思考ができます。

 女の人が、自分の地位を自慢するような男を見ると、大脳新皮質のほうは、確かにこの男とつきあうとメリットがあると思う。しかし、最後の決定をする大脳辺縁系のほうは、うーん、でも、なんかこの人ちがうわ、と感じる。だから、こういうアプローチは、上手くいかないことが多い。

 はじめに、大脳辺縁系のほうに働きかけるようなアプローチをしないといけない。言語を持たない野良猫も犬も立派に恋愛していることからわかるように、人間のメスの恋愛感情も、こっちの言語も貨幣もなかった時代にほとんど完成してしまった大脳辺縁系にあるのです。

田端 なるほど。しかし、女の人も、大脳辺縁系に振り回されて、ある意味で、現代社会では本質的な価値ではないことに奔走されているわけですね。ただ、女の人もつきあいはじめたあとに、頭が冷静になると、男の将来性とかを考えて、もう別れるべきか、結婚を含めて継続的に関係を続けるべきかを悩みはじめますね。

藤沢 そうです。それが愛は意志、ということですよ(笑)。僕は、ある程度お金持ちになっても、ナンパが上手くいくかどうかは、あんまり変わらなくてがっかりしたんですが、ナンパが成功したあとに関しては、ものすごく楽になりました(笑)。

田端 この男、いいところに住んでるし、うまい飯を食わせてくれるな。将来性あるぞ、みたいな(笑)。

藤沢 そう。あと、いいところに住んでるのを見せる、というのは大脳辺縁系に直接働きかけるからいいんですよ。いいところに住んでると言葉で説明してアピールすると、大脳新皮質に行っちゃって、非モテっぽく見えて、ワークしなくなる。

田端 だから、LINE社も含めてそうかもしれないのですが、本来は物理的な場所に関係のなさそうなネット企業までもが高い家賃を払って、眺めが良くてかっこいいビルにオフィスを構えるわけですね(笑)。僕はネット企業が綺麗な一等地にオフィスを構える最大の要因は採用対策でないかと思っています。

藤沢 それありますね。自分が就活していたときをふり返っても。綺麗なオフィスって、あらゆる言葉を超越した魅力がある(笑)。うわー、こんなところで働きたいな、みたいな。みんな、本質的な価値以外のところで心が動いちゃうんですよ。恋愛は、つきあいはじめて、冷静になると、女の人もあれこれ考えて、別れるかどうか判断するんですけど、つきあいはじめる前というか、セックスするかどうかの判断は、動物的な本能に脳が乗っ取られて行われるから、いろいろと偶然が重なって、相手の男に魅了されないと、恋愛スイッチが入らないんですよ。だから、僕はメルマガなんかでよく言っているのですが、愛は金である程度買えるけど、セックスは金では買えない、ということなんです。

田端 ルミネの広告の「恋は奇跡」というのは、そういう意味だったんですね(笑)。

藤沢 そうです。そして、奇跡を起こすためのテクノロジーとして、僕は恋愛工学を研究しているのかもしれません。
 

藤沢数希(ふじさわ・かずき)
物理学Ph.D. 作家、投資家。海外の研究機関で計算実験の研究ののち、外資系投資銀行でトレーディング業務などに従事しながら、『なぜ投資のプロはサルに負けるのか』『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』『外資系金融の終わり』(以上、ダイヤモンド社)、『反原発の不都合な真実』(新潮新書)などのベストセラーを執筆。その後、日本、アジア、欧米諸国の恋愛市場で培った経験と学生時代より研究を続ける進化生物学の理論、さらには、心理学や金融工学のリスクマネジメントの技法を取り入れ「恋愛工学」という新しい学問を創出。日本有数の購読者数を誇るメールマガジン「週刊金融日記」では恋愛工学の最新の研究論文が発表され、メンバー間で活発に議論が行われている。名実ともに日本最大の恋愛研究コミュニティである。

 ※次回、「恋愛工学=営業工学!?」