作家・藤沢数希氏がホストとなる「金融対談日記」の新シリーズ第2回です。恋愛小説『ぼくは愛を証明しようと思う。』の書き手として、田端信太郎氏(LINE株式会社・上級執行役員 法人ビジネス担当)と、恋愛と営業の共通点を探ります。
盛り上がる会話は、LINEでの新卒採用面接や広告営業のエピソードなどから、「人間・藤沢数希」の意外な一面にまで及びました。(構成/福田フクスケ 撮影:加藤浩)

恋愛も就活も非モテコミットしたらダメ?

藤沢数希(以下、藤沢) いまLINE社は学生にすごい人気だと思うんですが、田端さんは新卒の採用において、何を基準に選考しているんでしょう?

田端信太郎(以下、田端) 僕が新卒採用の面接でよく聞くのは、「あなたは5年後に、この会社に就職したことを踏み台にして個人としてどうなっていたいですか?」ということ。「成長していたい」とかふわっとした答えではなくて、朝起きたらどういう部屋に住んで、朝ご飯に何を食べて、どんな交通手段で会社に通って、週末は何をして……という映像的に思い浮かぶレベルで具体的なイメージを聞きたいんですよね。他には、「5年後にいくら給料が欲しいですか?どうして自分はそれに相応しいと思いますか?」とか。

田端信太郎(たばた・しんたろう) LINE株式会社 上級執行役員 法人ビジネス担当。 1975年石川県小松市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン「R25」を立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。その後、ライブドアに入社し、livedoorニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSなどを立ち上げる。 2010年春からコンデナスト・デジタルへ。VOGUE、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトとデジタルマガジンの収益化を推進。2012年6月 NHN Japan株式会社 執行役員広告事業グループ長に就任。2014年4月から現職。LINEなどの広告営業および、LINEビジネスコネクトによるCRM展開など法人ビジネス全般を統括。著書に『MEDIA MAKERS』(宣伝会議)、『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(共著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

藤沢 どう答えればいいんですか?(笑)

田端 別に金額はいくらでもいいんですよ。動機も、「母子家庭でお母さんに苦労をかけたから仕送りをたくさんしたい」とか、「ビジネス誌の表紙を飾って承認欲求を満たしたい」とか、なんでも構わない。

 入社するときにその人の“欲望のドライバー”が何なのかわかっていないと、上司としてマネジメントがやりにくいですから。

 でも、そういう質問をしても5人中4人はちゃんと答えられませんね。答えても、大学入試の小論文や、道徳の時間みたいな模範解答みたいな答えをスラスラ言う人が多い。そういうのは正直、イラッときます(笑)。

藤沢 ははは。まあ、就活生の本音なんて、内定が欲しいだけだと思いますよ。でも、そんなこと正直には言えないから、「どう言えば面接官に気に入られるか」というゲームを必死でプレイしているんですよね。男性が「セックスしたい」と正直に言うのではなく、どう言えば女の人に気に入られるか必死に考えてデートしているのと同じです。

田端 でも、そんなことをしてまで入りたくない会社から内定をもらう、つまり平たく言えば、つまらない女性と仲良くなって、おつきあいしても、仕方なくないですか?

 学歴だけ立派な人や、面接で「模範解答」をスラスラと言える人よりも、入社してからお互いに価値創造できる相手かどうかのほうが重要ですよ。恋愛で言えば、「セックスはゴールじゃない」ってことです。

 ビジネスに正解はないから、“上司と部下”=“教師と生徒”ではないんですよ。特にLINEのような新しい業種は、何をどうすればうまくいくと、事前に分かっている必勝法やセオリーなんてないですよね。だから、仮説検証のサイクルを積み重ねながら、対等に話せるディスカッション・パートナーになり得る人材が欲しいわけです。上司が言ったことを鵜呑みにして、従順なだけの人には付加価値がないんですよ。

藤沢 まあ、でも、現実問題として、女の人とデートしているとき、男の脳内の9割くらいは“セックスできるかどうか”を考えていて、セックスできた後ではじめて、その先のいろんなことを考える。学生だって、内定も出ていないのに、この会社は将来どうなるのか、自分はどうありたいのかなんて、そこまで考える心の余裕がある人はほとんどいないでしょう。

田端 ただ、僕はそれで言ったら狩られる側の女子の立場ですから、やっぱり心に余裕がある人、要するに、「自分は自分で入るべきと思う会社を対等な立場で選ばせてもらう。落としたきゃ、別に落とせばいい。ただ、自分くらい優秀な人間を落としたら、損するのは御社だぜ」というようなを人物こそ採りたいですよ。内定を出すべきじゃない奴には、土下座されたって出さないですから(笑)。

藤沢 まあ、土下座したからって女の人がセックスさせてくれるわけではありませんからね(笑)。しかし、心に余裕がある人が勝つというのは、恋愛工学とまったく同じですね。「君(御社)のことしか見えない」という“非モテコミット”に陥った男はモテないし、「他の女性ともセックスできている(他社からも内定をもらえる)」から余裕のある男のほうがモテる。

田端 ああ、それで言うと、僕個人の経験に照らしていいますと、僕はいわゆる就職氷河期世代なのですが、もともと学生時代からHTMLをちょろっと書いただけで40~50万もらってたから、新卒で入っても20万くらいしかもらえないし……と、就活には最初はやる気がなかったんですね。だから、遅ればせながらはじめた就職活動でも、グループ面接で、「おたくの人事が作った採用ウェブページ、ダサくないすか?幾らかかったんですか? それ、ボラれてますよ!」とか好き勝手に言ってたら、他の就活生と一緒に、帰りにドトールとかに寄って就活四方山話をしてると、就活中の女子大生から「田端さん、すごいですね。なんか自信満々ですね」って言われてモテたりしました(笑)。実際、そういう奴のほうが面接も通ったんですよ。

藤沢 田端さん、女にも企業にもモテてるじゃないですか!相手をあえてディスることで、相対的に自分の価値を引き上げ、“選ぶ側(企業)”と“選ばれる側(学生)”の関係を逆転させたわけですね。これは、まさに恋愛工学と同じですよ。

金なんかよりも大切なことがあるというやつが一番金持ちだった

田端 営業でも、あえて断ることで自分の価値を上げる、というのはよくあることなんです。「おたくの広告掲載費は、高いんだよね、なんとかなんないの?」と言われたときに、「いや、うちはこれ以上は下げません。他もみなさんこれでやっていただいています。よくお考えになってください」的なニュアンスで、値下げを拒否して帰ってくると、その日の夜にメールで「やっぱり御社でお願いします」と連絡が来たりもする。「やらないと損するのはおたくですよ」というのを、強気かつ、いやらしくなく伝えるのが難しいんですけどね。気を付けないと、「やっぱりあそこは傲慢だ」って言われてしまいます。ただ、闇雲なお願い営業ではなく、適切に「お断り」をすることで、かえって需要が上がり、事業の価値があがるということは往々にしてあると思います。

藤沢 値引きなどで買い手に迎合せずに、強気でいったほうがいい例としては、『影響力の武器』という本の中に、おもしろい話が書いてありました。アメリカのリゾート地の宝石屋なんですけど、なかなか売れない商品があって、もう処分してしまおうと半額セールにすることにして、店主は買い付けの旅に出る前に、アルバイトに1/2と書いたメモを渡したんです。そしたら、そのアルバイトが間違えて値段を2倍にしてしまっていたんですが、店主が旅から帰ってくると、驚くことに全部、売り切れていた。結局、観光客は宝石の価値なんかわからず、単に、高いもの=良いもの、という思い込みに従った、というのが確か、この話の教訓だったと思います。

田端 なるほど。『なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?』という本にも似たようなエピソードがあります。モロッコの骨董商から宝石を買ったフランス人の女性が、数週間後に「これはどうも本物じゃないから返品したい」と言ってきた。骨董商は宝石を受け取って、すぐに返金しました。それからその宝石のストーリーを語りはじめたんです。「実はあの後、貴方に売ってしまったことを後悔してたんです。だって、この宝石にはもっと価値があったんだもの……」と。それを聞いて、そのお客さんは「やっぱり返品するのをやめようかな」という気持ちになってしまった。骨董商はそこで謝りながら、「お客さんに最初に売ったときと比べて、この宝石の値段が上がってしまったから、いまとなっては同じ値段では売れない」と言いました。フランス人女性は、その値上がり分も上乗せして、一旦返品した宝石をさらに高値で買い戻したんです。

藤沢 おもしろいですね。ところで、また、就活の話に戻るんですが、僕もおもしろいエピソードがひとつあってね。リクルーターとして、東京の某有名大学にプレゼンテーションに行った、というか仕事で忙しい中、僕にお鉢が回ってきて、行かされたんですけど。

田端 藤沢さんも、そんなことしてたんですね。

藤沢 僕は当時、トレーダーをしていたんですが、プレゼンでは、まずは、僕の経歴の話をして、軽く自慢した後に、いかにうちの会社のトレーダーというのは儲かる仕事で、ボーナスもこんなにもらえるんだ、ということをとうとうと話したんです。あまりに、僕が金、金いうもんだから、ほら、学生って、いまだに金儲け=悪、みたいに思ってるところがあるから、前のほうの席に座ってる女の子なんか、けっこう顔をしかめていたんですよ。でも、結局は、仕事なんて金じゃないですか。数字で示せば、みんなこんな会社で働きたいと殺到するんじゃないか、と思っていたんです。いま思えば、恋愛工学的には非モテアプローチだったわけですが。

田端 へえ、それで?

藤沢 それは金融系の会社に関する説明会で、ちょうど、僕の後に登壇した人は、大手都銀を辞めて自分でM&Aを専門とするブティック投資銀行を起業した人なんですけど、今度は、金の話なんかまったくせずに、いかに金融という仕事を通して社会に貢献するかとか、そういう耳触りのいい話ばっかりするんですよ。自分のエピソードを上手く交えてね。それで名指しはしないけど、あきらかに前の登壇者の僕のことを指しながら、外資の金の亡者はダメなんだと、さりげなく僕をディスって小馬鹿にしてくるわけですよ。会社は株主が金儲けの道具に使っていいものじゃなくて、ステークホルダーみんなを幸せにするような企業買収をしないといけないとか、ね。

田端 それで学生の反応はどうだったんですか?

藤沢 最後の懇談会で、学生は自由に相談できるんですけど、僕のブースは閑古鳥が鳴いていて、彼のところには行列ができているんですよ。確かに、彼の会社は、大した給料も払っておらず、そういう意味では金のためではなく、社会のため、いや会社のためにみんな必死で働いてるんですけど……。

田端 有名大学のIQの高い学生でも、金という定量的な話より、そういう人情とか感情とかに訴えるストーリーのほうが好きなんですね。

藤沢 もちろん、それだけではないと思いますが……。いろいろ含めて、相手のほうが一枚も二枚も上手だったというか。まあ、それで、僕のところには学生が来ないから、暇だったんで、今日の登壇者がどれぐらい稼いでいるのか計算してたんです。あの銀行のあいつはいくらぐらい、あいつはあのポジションだとこれぐらい、と。それで、そのやりがいとか社会への貢献を語って、僕にマウンティングしながら、金なんて二の次と言っていたおっさんは、会社の株の価値から計算すると、何十億円という金を持っている。つまり、そこにいた全員の中で、やつが圧倒的に一番の金持ちだったわけです(笑)。

田端 ははは、ある意味で、学生は見る目がある。

営業も就活も出会い方が大切

田端 藤沢さんが昔言っていたと思うんですけど、キャバクラ嬢は、どんなにハイスペックなイイ男でも、店の中で会ったら客としか思わない。しかし、クラブなんかでナンパしたり、友だち同士のバーベキューなんかで出会った、その辺の男とは結構簡単にセックスすると言ってたじゃないですか。

藤沢 ああ、あれは確か、元フジテレビのアナウンサーの長谷川さんとの対談ですね。

田端 就活も、面接会場で“面接官と学生”という立場で会った時点で損してると思うんですよ。

藤沢 と、いいますと?

田端 これは、あくまで、「たとえば」ですけど、自分が入りたい会社の経営者なり役員なりが本を出していたら、その出版イベントに読者として参加して疑問点を建設的に質問してみる、とかね。その後に立ち話で「実は御社に入りたくて……」と相談してみる。最初に“著者と読者”として出会うと、著者はどうしても悪い気はしないから、無下に扱えないんですよ。

藤沢 それそれ。僕も海外の大学院からいいオファーがもらえたのは、それなんですよ。大学4年生のときに、何とか発表できる研究成果を出して、日本で開催された小さな学会に行ったんですけど、そこに招待されていたある大学の学科長が僕の発表を見てくれて、結局、その人がいいオファーを出してくれたんですよね。ひとりの研究者として対等に接して、その後に、「じつはPhD Studentのポジションを探してるんです……」みたいな。

田端 営業だって同じなんですよ。僕はたまにマーケティングや販促関連の有料セミナーのゼミ講師みたいなことをすることがありますが、そこに大手企業のマーケティング部長が、自腹で“生徒”としてきていたりするわけです。その後、たまたま営業で会ったりすると、“発注者と営業する業者”ではなく、“講師と生徒”の関係を引きずっているので、かなりスムーズに受注がもらえたりする(笑)。最初の出会いのアングルや文脈によって、ちょうど、卵から出た雛がはじめて見たものを親と思うように、その後の展開ってまったく変わってくるんです。


藤沢 就活や営業には無関心・無関係な人を装って、面接官や発注者を魅了するような価値ある人物として出会うわけですね。それって、まさに、恋愛工学でいうところのAttractionフェーズじゃないですか(笑)。僕もメルマガなんかでは、Attractionフェーズの攻略は、気の利いたセリフなんかよりも、こうしたシチュエーション・コントロールのほうがはるかに重要だって、読者に言っているんですよ。

田端 Attractionフェーズで言えば、『ぼく愛』にも、印象的な場面がありましたね。主人公のわたなべ君が、ターゲットの有名モデルの英里香の目の前で、永沢さんの女友だちで有名モデルの真奈美と仲良くしている様子をわざと見せつけて、英里香にとっての渡辺の相対価値を上昇させてるでしょ。あれって、たとえば広告営業やシステム営業のような法人営業でもよくあるんですよ。

藤沢 へえ、どうするんですか?

田端 広告業界では、最初に有名でステイタス感のある大手企業から、とにかくがんばって広告掲載を取れると、その後がすごく上手く行きやすいんですよ。たとえば、トヨタ自動車とかP&G、ユニリーバ、コカコーラや資生堂、サントリーのような会社がその典型にあたります。それで、その掲載実績を他の企業が知ると、「あそこがやっているなら、じゃあ、うちも」ってことになる。これって、「僕はあの真奈美と仲がいいんだよ」とアピールして、英里香を落としたわたなべ君と同じですよね(笑)。

藤沢 なるほど。それは確かに恋愛でもビジネスでもすごくよくあるんですよね。他の女(会社)にモテるからモテるという。恋愛工学でいうモテスパイラルですね(笑)。

結局、面接で学生は見抜けない⁉

田端 ところで、藤沢さんも外資系投資銀行で働いていたときは、面接とかしたと思うんですけど、どういうところを見てました?

藤沢 僕は、そもそも論として、企業が面接だけで新卒を採用するのは間違っていると思うんですよ。1週間とか、まあ、2〜3日でもいいんですが、インターンをして、実際に働かせてみたら、採用の精度は格段に上がるんですよ。採用を口実にした低賃金労働だっていう批判もありますけど、そこはふつうの時給を払えば解決する。学生にとっても企業にとっても、Win-Winの方法だと思うんですよ。

 恋愛だって、女の人もセックスをもったいぶって、する前に相手を見きわめようとするけど、それって面接だけで採用するのと同じだと思いますけどね。インターンのように、2、3回してみてから、つきあうかどうか決めればいいと思うんですよね。

田端 ははは、そう話がつながりますか(笑)。たしかに、インターンにわざわざ来てくれる学生のほうが、明らかに優秀な人が多いという傾向はあるんです。「インターンで実力を見きわめられても大丈夫」という自分に自信のある人が集まるから。

 しかし、半年とかのインターン期間中に、電通や三菱商事といった他の大手に採用が決まると、そっちのほうが魅力的に見えて内定を辞退されてしまうこともあるんですよ。半年間、社員と机を並べて日常を過ごしていると、良かれ悪しかれ実態が見えてきて、新鮮みがなくなってしまう。それは電通や三菱商事でも同じはずなんだけど、まだ知らない会社のほうがよりミステリアスでセクシーに見えちゃうんですね。

 同棲をはじめたらお互いによく知りすぎちゃって、部屋にパンツが干してある日常に萎えちゃう。そして出会った別の相手が急によく見えて電撃結婚みたいなことが起こるんです(笑)。

藤沢 ははは。学生にしてみたら、どんな会社でも、入る前のイメージより入った後の実態のほうが絶対に悪いですからね(笑)。面接だけで実態を知らず、綺麗なイメージのままの企業のほうが、そりゃ理想の相手に見えますよね。

不合理でプライスレスな承認欲求

田端 結局、どういう人を採りたいかと突き詰めて考えると、「こいつがやらかしたことなら仕方ないな」と気持ちよくケツを拭けると思えるか、というきわめて非合理的な感情に左右されてしまう部分があるんです。“部下を採る”=“ケツを拭く”ってことでもあるんでね。そうすると、自分の理解の範疇からはみ出していながら、可愛げのある奴のほうを、おもしろくて採用してしまうことがある。

藤沢 結局、何だかんだ言っても、田端さんも感情で動いているわけで、好きか、嫌いか、ということになっちゃうと。

田端 でもね、僕には、藤沢さんもまた、経済合理性や恋愛やセックスの快楽の追求だけで生きているようにはまったく見えないんですよ。ふつうの男性からしたら欲しいものは既にだいたい手にしているのに、どうしてわざわざメルマガで、みんながモテるようになるために、面倒くさい愚問のような相談に熱心に答えたり、鈍臭い非モテ男子に対して、筆おろしの手ほどきみたいなことをしてあげているのかなって、かえって不思議なんですよね(笑)。 

 たとえば、藤沢さんがよく言っている、「自分ひとりだけがモテるより、他人が再現可能な普遍的な恋愛工学的な手法を生み出して、それを同志と共有したい」というのは、僕がふだん会社で「自分だけの売上が増えればいいと思っている営業マンよりも、組織全体で横展開できる価値あるパターンを生み出してチームに貢献する奴を俺は評価する」と言っているのとまったく同じなんですよね。

 そこに、藤沢さんのチームスピリッツというか、兄弟愛といいますか、自分たちのコミュニティにおける承認欲求のような、自分の金銭欲とか性欲のような欲望を超えた、ある意味では、不合理でプライスレスな承認欲求や名誉欲、自己実現の欲求のようなものがあるような気がしてならないんですよね。

藤沢 ビジネスとして、メルマガでは購読料をもらっているので……。

田端 本当かなぁ。恋愛工学の始祖として、エンジニアリングとしての効率性を追求している段階では価値中立だったはずなのに、『ぼく愛』のラストでは、そこから一歩踏み出した展開が書かれていましたよね。偽悪的なポジションを取っているだけで、藤沢さん自身の中にも、愛や恋について何か逡巡があるんじゃないかな、と「人間・藤沢数希」の揺れ動く感情を、僕は読み取りましたね(笑)。

藤沢数希(ふじさわ・かずき)
物理学Ph.D. 作家、投資家。海外の研究機関で計算実験の研究ののち、外資系投資銀行でトレーディング業務などに従事しながら、『なぜ投資のプロはサルに負けるのか』『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』『外資系金融の終わり』(以上、ダイヤモンド社)、『反原発の不都合な真実』(新潮新書)などのベストセラーを執筆。その後、日本、アジア、欧米諸国の恋愛市場で培った経験と学生時代より研究を続ける進化生物学の理論、さらには、心理学や金融工学のリスクマネジメントの技法を取り入れ「恋愛工学」という新しい学問を創出。日本有数の購読者数を誇るメールマガジン「週刊金融日記」では恋愛工学の最新の研究論文が発表され、メンバー間で活発に議論が行われている。名実ともに日本最大の恋愛研究コミュニティである。

※次回、「人間の脳の構造上、テキストメディアは廃れない」