作家・藤沢数希氏がホストとなる「金融対談日記」の新シリーズ第3回。
藤沢氏の最新作『ぼくは愛を証明しようと思う。』は、LINEが初めて本格的に登場する恋愛小説としても注目を浴びています。LINE株式会社・上級執行役員 法人ビジネス担当である田端信太郎氏は、ネットでのコミュニケーションや自社のサービスをどのように考えているのでしょうか? 多数の興味深いエピソードとともに明かしてもらいました。(構成/福田フクスケ 撮影:加藤浩)

若者は恋人の連絡先をLINEしか知らない!?

田端信太郎(以下、田端) 恋愛小説というジャンルは、ここしばらくヒットが出ていないそうですが、これは携帯電話の普及によってすれ違いなどのドラマが起こらなくなってしまったからだ、とも言われていますよね。ある編集者からは「LINEのせいですよ」って言われました(笑)。

藤沢数希(以下、藤沢) これは出版した後に、文学好きの方たちの感想を読んでいて気がついたのですが、『ぼくは愛を証明しようと思う。』は、男女間のコミュニケーション手段が、ここ1〜2年ですっかりLINEになってしまってからの、はじめての恋愛小説のようなんです。

 街やバーで女の子と知り合うと、いまや連絡先交換の手段は、ほぼ100%LINEなんです。出会ってからつきあうまで相手の連絡先はLINEしか知らない、なんてこともザラです。LINEユーザーを対象にしたアンケート調査があって、20代の5人に1人は、「恋人の連絡先をLINEしか知らない」そうなんですよ。

田端 以前、藤沢さんがcakesのインタビューで、人間の脳は本質的に、テレビの中の映像と現実の区別が付いていない、と言っていたのが印象的でした。それと同じようなことが、男女間のコミュニケーションにも起こっているような気がするんです。

 僕たちは、実際に会って話したりするのが生身のリアルなコミュニケーションで、LINEでやりとりするコミュニケーションはバーチャルというか、サブなものだと考えてしまうけど、いまの若い子たちにしてみたら、どちらがバーチャルでどちらがリアルだという意識はないんですよね。

藤沢 そうですね。

田端 むしろ、実際に会って話すよりも、LINEでおもしろいスタンプをいいタイミングで送ってくれることのほうが、彼女らにとっては、楽しさや愛情を感じる濃密なコミュニケーションなのかもしれない。

 以前、電通ホールで、電通さんの社員向けに高城剛さんと公開対談したときに聞いたんですが、ある大学生がつきあっていた彼女と別れたとき、別れることになった瞬間には別に悲しくなかったんだけど、その後、スマホの中に残っていた彼女との写真やメッセージのやりとりを自分で消したそうなんです。そしたら、その瞬間に、ああ、もう見られないんだという思いが込み上げて、はじめて涙がじわっと頬を伝って出たそうなんですよ。

 変な話のようで、でも、なんだか分かる気がしませんか? こういう話を聞くと、いまの若者にとっては、ある意味で、LINEなどでのコミュニケーションやスマホに入っている写真こそが、リアルなんだと思います。

藤沢 まあ、男の人は、それでもどうしても実際に会いたがりますけどね(笑)。

田端 やっぱり、スタンプだけではね(笑)。 
 

田端信太郎(たばた・しんたろう) LINE株式会社 上級執行役員 法人ビジネス担当。 1975年石川県小松市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン「R25」を立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。その後、ライブドアに入社し、livedoorニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSなどを立ち上げる。 2010年春からコンデナスト・デジタルへ。VOGUE、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトとデジタルマガジンの収益化を推進。2012年6月 NHN Japan株式会社 執行役員広告事業グループ長に就任。2014年4月から現職。 LINEなどの広告営業および、LINEビジネスコネクトによるCRM展開など法人ビジネス全般を統括。 著書に『MEDIA MAKERS』(宣伝会議)、『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(共著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

出版社の競争相手はLINE

藤沢 女の人はLINEのやりとりで共感しあう感情のコミュニケーションを、実際に会うことと同じように楽しんでいますよね。

 僕も最初は、LINEってふつうのチャットと何が違うんだろう、こんな有料スタンプなんて買うやつは本当に情弱だなあ、と思っていたんですよ。しかし、若い女の子はスタンプで感情表現することをナチュラルにこなしていて、「こういう使い方をするのか」と思わず感心してね。それで、自分もどんどん買うようになってね(笑)。あれって、話してる相手のこのスタンプいいなって思って、ポチって押すだけで買えるじゃないですか。あれがいいんですよね。

田端 ありがとうございます(笑)。

藤沢 スタンプは、テキストだけのコミュニケーションが苦手だった感情表現を、とても上手く補っているんですよね。それで思うんですけど、LINEスタンプは、広告のあり方も変えるんじゃないですか?

田端 そうですね、企業のスポンサードスタンプは、それ自体が企業広告でありながら、なおかつユーザー間でのコミュニケーション手段でもあるというのが最大の特徴なんです。

 たとえば、「コアラのマーチ」のコアラのキャラが「LOVE」と言っているスタンプが女の子から送られてきたとして、送られた男性は「なんだ、ロッテの広告か」とは思いませんよね? 純粋な広告だったら無視できるけど、スタンプを無視したら、女の子からの「LOVE」というメッセージを無視したことになっちゃう。

 最初の頃は、スポンサー企業から「キャラクターに企業ロゴを持たせたい」といった要望もあったんですが、そんなあからさまなことをしたら逆効果なんですよね。感情表現のツール、コミュニケーション手段そのものとして使えるスタンプであることが、結果的にですが、かえって広告効果を高めるわけなんです。

藤沢 最近では、新国立競技場のザハさんなんかが話題なんですけど、建築とか、あとファッションもそうですけど、こういう分野のデザイナーって、トップクラスだと、めちゃくちゃお金を稼いでいるじゃないですか。億単位の年収なんてザラですよね。それで、僕は思ったんですけど、これからは企業のためにLINEスタンプを作るデザイナーが、こうした建築やファッションのデザイナーと同じくらいの、億単位の年収を稼ぐようになるかもしれないですよね。

田端 すでに、LINE Creators Marketで総売上が1億円を超えていたり、企業からスタンプ制作の依頼の声がかかるようになった人が出てきていますね。

藤沢 いまは、本を読んだり、テレビを見たりするよりも、恋人や友人とLINEでコミュニケーションしているほうが楽しい、という人がたくさんいる。そういう意味では、たとえば本を作る出版社のライバルは他の出版社じゃなくて、LINEなんですよね。可処分「時間」をさまざまなサービスが奪い合っている、ということはずいぶん前から言われているわけですが。

田端 かつてDoCoMoのiモードが出る前に、これもやはり高城さんが言っていたんですが、「女子高生にとってのキラーコンテンツは、100億円かけたハリウッドの大作ではなく、彼氏からのメールだ」という名言を残しています。また、明石家さんまさんが、最近、やっとスマホを持って、はじめてLINEをやり、「やばい。俺ら芸人の最大の敵はスマホだ!」と発言したそうです。そういう意味では、メディア・コンテンツ産業にとっての最大のライバルは、身近な人とのコミュニケーションだというのは、昔から変わっていないのかもしれません。

 

人間の脳は動画よりテキストのほうが情報量が多いと感じる

藤沢 よく考えてみたら、ブログやTwitter、LINEなど、いまネットで主流になっているのは、いまだにテキストメディアが多い。ネットの通信速度やデバイスの性能が上がれば、コミュニケーションツールはテキストから音声、画像、動画へと進歩していくと思っていたのに、実際はそうなっていないですよね。

 20年ぐらい前の未来予想図では、みんながテレビ電話でコミュニケーションするようになるみたいなことが描かれていた。実際に、いまは、テレビ電話なんか安価に利用できる。でも、外資系企業のサラリーマンが、ニューヨークやロンドンとのカンファレンスコールなんかで、いやいや使ってるだけですよね。意味ねーなぁ、とか思いながら(笑)。iPhoneのFaceTimeなんかもぜんぜん使われてない。

田端 リアルな3D仮想空間を作ったセカンドライフが流行らずに、シンプルな140文字だけのTwitterが流行ったというのは象徴的ですよね。抽象化されたもののほうが普遍性があるってことなのかな。実際に顔を見たほうが文字情報よりも多くのことが伝わったり、コミュニケーションとして楽しいとは限らない、ということなんですかね。

藤沢 電子工学的には、情報量は「動画>静止画>音声>テキスト」なんですよね。静止画と音声ではどちらが大きいかはケースバイケースですが、とにかくテキストは圧倒的に情報量が小さい。しかし、人間の脳の認知の仕組みから、人間が実際に感じる情報量は、これとは逆に、「テキスト>音声>静止画>動画」だと思うんですよ。それは、多分、テキスト情報が、その人の記憶を呼び起こして、人間の想像力で豊かな情報が脳の中で補完されるからだと思うんです。

 また、テキストには、もっと面白い特徴があって、たとえば、文字情報だと「絶世の美女をひとり思い浮かべてください」と書けば、読み手がそれぞれに想像した理想の美女を思い浮かべてもらえる。読み手の数だけ美女が作られる。だけど、動画で実際に誰か女優さんをキャスティングして「絶世の美女」として登場させたら、イメージがひとつに固定されてしまいますよね。「うん、綺麗だけど、絶世の美女ではないよ」みたいなことをみんな言い出すと思うんですよ。

田端 ほとんどのメディアミックス作品は、最初に原作小説があって、それが漫画化され、実写化されていきますもんね。抽象的なものから、「データ量」の多いほうへと行く。逆はないですよね。

藤沢 僕のメルマガも、プレーンテキストだからこそ、読者がそれぞれにイメージして各自の恋愛に役立てられるという側面があると思うんです。それに今回、はじめて小説を書いてみてわかったのは、小説は読者が10人いたら10人の読み方があるんだということなんです。

 物理の研究をしていたときに書いていた科学論文も、外資系の証券会社で働いていたときに書いた投資レポートも、基本的には誰が読んでも同じ意味に受け取れるように書かなきゃいけなかったんですよ。

 でも、小説というか、フィクションだと、誰が読んでも同じ意味になる心情描写なんて、どれだけがんばってもできないわけです。逆に、それが小説の本質で、作家が書く文章が、それぞれの読者の記憶と相互作用して、読者の数だけ豊かな世界を作り出して行くんですよ。つまり、小説というのは、作家が一方的に書くだけではなく、物語は読者との共同作業で作られるんだな、ということが、実際に自分で書いてみてわかったんです。

田端 たしかに、『ぼくは愛を証明しようと思う。』のラストは、それまでの価値中立なエンジニアリングから逸脱して、「人間にとって幸せとは何か」について何らかの見解というか、大袈裟にいえば哲学を持たざるを得ないような展開に、一歩踏み出していたように、僕は思ったし、また、読者が自分で考えなければいけないようになっていましたよね。一見、小説風のマニュアル本じゃねえかよ!と思わせておきながら、最後の最後で、小説という形態を選んだ必然性を持たせる内容になっているのが、実にニクいなと思いました(笑)。

テキストの強みはユーザーが時間軸を自分でマネージできること

藤沢 動画とテキストを比較すると、動画のほうが冗長で無駄が多いというのもあるんですよ。YouTubeにアップされているビジネス系の対談動画とか、正直見る気が起きないじゃないですか(笑)。1時間の対談は、うまくテキストに起こして編集したら5分で読めちゃう記事になる。そっちのほうが効率的に情報を取得できるわけですね。

田端 動画メディアは、自分で時間軸をコントロールできない。そのことに僕は、すごくイライラさせられます。テレビの何が嫌いかって、視聴者をわざわざテレビというデバイスの前に固定させ、見る時間帯まで強制させることなんですよ。このご時世に、どれだけ傲慢なんだと思ってしまいますね(笑)。

 それでいうと、音声情報による同期型のコミュニケーション手段である電話よりも、やはり文字情報だけによるメールやLINEのような非同期型のコミュニケーション手段のほうが、ユーザー個人個人の裁量度が高いし、効率もいいんですよね。

 電話は自分の1分間と相手の1分間が、同じ価値で交換される。個人間における時間の為替レートが等価交換だということを前提とした同期型のコミュニケーションですが、メールやLINEは、その人のコミュニケーション処理能力次第で、同じ時間でも10人と同時にやりとりしたりできるわけです。相手が1時間かけて考えて送ってきたLINEのメッセージに、10秒で即レスしても、内容さえちゃんと噛み合っていれば、別に嫌われないわけです(笑)。

藤沢 時間軸を自分でマネージできるというのは、文字情報の大きなメリットですよね。しかし、電子メールは感情表現や微妙なニュアンスを伝えるのが苦手だというデメリットがありました。

 ところが、LINEはサクサクしたレスポンス速度やスタンプで、会話に近い。ある意味で会話以上に、感情コミュニケーションができるようになっているんですよ。

田端 より日常会話に近いので、純粋な文字情報だけじゃない要素のウェイトが大きいんですよね。そのうえで、時間軸をコントロールできるという利点もそのままだし。同期型と非同期型のちょうど中間のようなコミュニケーションツールだな、と思うこともしばしばあります。

藤沢 出版不況だと長らく言われていて、実際に書籍の売上は右肩下がりですし、電子書籍もぜんぜん紙の本の売上の減少を補うほどは売れていません。しかし、活字の消費量は、おそらくスマホのおかげで、かつてない量になっていると思うんですよ。消費量だけじゃなくて、TwitterやLINEで、ふつうの人が書く、生産する活字の量も、ものすごく多くなっているんですよ。

 出版不況ではあるんだけど、活字は大盛況なんですよ、スマホ時代は。

田端 だとすると、個人の文章力のスキルが、これからはますます問われていくことになりそうですね。

藤沢数希(ふじさわ・かずき)
物理学Ph.D. 作家、投資家。海外の研究機関で計算実験の研究ののち、外資系投資銀行でトレーディング業務などに従事しながら、『なぜ投資のプロはサルに負けるのか』『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』『外資系金融の終わり』(以上、ダイヤモンド社)、『反原発の不都合な真実』(新潮新書)などのベストセラーを執筆。その後、日本、アジア、欧米諸国の恋愛市場で培った経験と学生時代より研究を続ける進化生物学の理論、さらには、心理学や金融工学のリスクマネジメントの技法を取り入れ「恋愛工学」という新しい学問を創出。日本有数の購読者数を誇るメールマガジン「週刊金融日記」では恋愛工学の最新の研究論文が発表され、メンバー間で活発に議論が行われている。名実ともに日本最大の恋愛研究コミュニティである。

 ※次回は「文章力とメディアリテラシーは 自分で試行錯誤しないと育たない」