国交のない首脳同士が表立って会談するなど(それも第三国における国際会議を活用したやり方ではなく、相手側を訪問する形で)通常は考えられないが、シンガポールだから“許されてきた”のかもしれない。

 中国共産党にとって、“華人中心の社会”であり、国家建設や人材育成という観点から大いに学んできた参照国家であり、何より習近平自身も“尊敬に値する長者”として慕い、付き合ってきた故リー・クアンユーが率いてきたシンガポールという存在は特別であり続けた(過去記事参照:習近平が尊敬するリー・クアンユーが10年前に指摘した中国社会の“病巣”中国がシンガポールから学ぶべき内的措置 愛国主義とナショナリズムの“分離”)。

 結果的に、分断後初の“中台首脳会談”がシンガポールという第三国で行われた事実は、中台関係という側面だけでなく、東アジアの地政学的情勢を眺めていく上でも、1つの重要なケーススタディとなるであろう。“第三国外交と地政学”という観点からすれば、私は台湾海峡以外に、朝鮮半島の動向にも注目している。

政治的配慮によって決められた
“両岸領導人”という会談の名義

 さて、ここからは“馬習会”そのものをレビューしていきたい。

 同会談を公式発表した張志軍は、今回、習近平・馬英九両首脳が“両岸領導人”(筆者注:領導人は“リーダー”“指導者”の意)という身分および名義で会談する旨を説明した。「双方で相談した結果、両岸政治関係における矛盾や摩擦が未解決な状況下において、1つの中国という原則に基づいて手配したものである」(張志軍)。

 また、11月4~6日にかけて、中国世論では、習・馬両氏がお互いを“馬先生”“習先生”と呼び合う見込みが大々的に報道・議論されていた(筆者注:先生は“さん”“氏”の意)。ここにも、お互いを「習近平国家主席」「馬英九総統」と呼び合うのは政治的に適切ではないという中台双方からの考慮が働いている。

 同時間・同空間で初めて向き合った習さんと馬さん。前者が微妙に早く手を差し伸べると、両者は右手で、約80秒間握り合い、その後25秒間共に手を振りながら、世に向き合った。「(握手の際は)2人とも拳に力を入れていた」(馬英九総統)。

 その後行われた会談では、“九二共識”(筆者注:共識は“コンセンサス”の意)という政治的基礎の下、平和的に相互交流を深め、中華民族としての発展を掲げていく旨が謳われた。馬英九から双方の事務方間で緊急かつ重要な問題を処理するためのホットラインを設立してはどうかという提案がなされ、習近平が「早急に対応する」と返答した。そんな習近平の印象を、馬英九は会談後の記者会見にて、「プラグマティックで、融通が利き、率直な方だと感じた」と表現している。