学校に戻った三人は、真実の教室へと行った。そこで真実は、鞄から一冊の本を取り出すと、夢と公平にそれを見せた。
「バババーン! この本です」
 その表紙のタイトルを、公平が読んだ。
『イノベーションと企業家精神』?」
「そう。この本を、私たちの参考書にしようと思って」
「でも、どうしてこの本なの?」
 そう尋ねた夢に、真実が答えた。
「実は、あらかじめ文乃先生に聞いておいたんだ」
「へえ!」
『もしドラ』を読んだ後、文乃先生のところに行って、こう尋ねたの。『マネジメント』の次は、何を読んだらいいですか?──って。そうしたら、この本を紹介してくれたんだ」
「ほう……」
「文乃先生が言うには、これからはますますイノベーションの時代になるだろうって。だから、この本の重要性が増すって」
「イノベーションの時代?」
 今度は公平が尋ねた。すると、真実はこう答えた。
「ドラッカーのいう『マネジメント』の機能って、二つありますよね」
「『マーケティング』と『イノベーション』だろ? それは『もしドラ』にも書いてあった」
「文乃先生が言うには、これから競争社会が進行する中で、この二つのうち特にイノベーションの重要性がますます高まるだろうって」
「どうしてイノベーションの重要性が高まるの?」
 そう聞いたのは夢だった。真実は、今度は夢の方を見ながら答えた。
「なぜなら、イノベーションこそ、競争社会を生き抜くための最良の手段だからよ」
「へえ」
「文乃先生はこう言ったの。『イノベーションとは、競争をしないことである』って」
「どういう意味?」と、再び公平が聞いた。真実は、それに答えて言った。
「ええ。イノベーションって、新しいものを生み出すことですよね。新しいものが生み出されたら──つまりイノベーションが成功したら、そこにはライバルがいません。なにしろ新しいものなので、まだ誰も参戦していないからです」
「ふむ」
「例えば、アップルがiPhoneを発売したのは、大きなイノベーションでした。なぜなら、iPhoneのようなスマートフォンは、当時他になかったからです。それでiPhoneには、しばらくライバルがいませんでした。なにしろ、スマートフォンを買うとなるとiPhoneを買うしかなかったからです」
「なるほど!」と頷いた公平に、真実はこう続けた。
「そういうふうに、イノベーションを起こせば競争をしなくても済むんです。そうして、競争社会が進行しても生き残ることができる──というわけです」
「確かに──」と公平がそれを受けて言った。「そう考えると、競争って全部古いもので起こるんだよね。高校野球だって、一〇〇年の歴史がある古いものだから、参加校が四〇〇〇近くなって、競争が激しい。でも、高校野球が誕生した一〇〇年前には、まだ参加する学校も少なかった──確か七三校だったかな──だから、競争もあまり激しくなかった」
「そうなんです。そして競争社会は、高校野球のようにたった一人の勝者以外はみんなが負けてしまう厳しい世界。それではあまりにも生きづらいから、イノベーションで新しいものを作り、競争を少しでも減らしましょう──というのがドラッカーの考えなんです」
「むむむ……」と、夢が難しい顔をして腕を組んだ。「競争をしないことが、競争社会を生き抜く手段か……」
「それで、そのイノベーションはどうすれば実現できるの?」
 そう尋ねた公平に、真実が言った。
「その方法について詳しく書いてあるのが、この『イノベーションと企業家精神』というわけです。だからそれは、これからみんなで勉強していけたらな──って」
 それを受け、公平が言った。
「よし分かった。じゃあ、まずはみんなでこの本を読むことから始めてみよう!」
 そうして三人は、それぞれ『イノベーションと企業家精神』を読んでくることを宿題とし、この日は別れたのだった。(つづく)

(第5回は12月15日公開予定です)