ストレスが害になるという考え方こそ、害になる?

『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』
ケリー・マクゴニガル著/神崎朗子訳
大和書房
342p 1600円(税別)

 スタンフォード大学の健康心理学者ケリー・マクゴニガル博士の「ストレスと友達になる方法」というTEDプレゼンテーションは、再生回数900万回を超える人気コンテンツだ。

「私はこれまでストレスは健康の敵だ、と教えてきました。でも、それがかえって人の健康に害を及ぼしていたかもしれません」。プレゼンテーションは博士のこんな告白から始まる。

 ちょっと待ってほしい。ストレスが身体に悪いのは今や常識だろう。現実に、ストレスがたまったせいで、胃かいようなど消化器系の病気や、高血圧になったなどという話はあちらこちらで耳にする。もちろん、うつ病などの心の病も、一般的にはストレスが原因とされることが多い。

 私自身、仕事のストレスが原因と思しき胃痛や下痢、耳鳴りなどに悩まされたこともあった。そんな時、病院に行くと、医者は決まって「ストレスが原因です」としか言わない。「治したければ仕事を辞めてストレスのない生活をするしかない」とまで言われたこともある。それなのにマクゴニガル博士は「ストレスは健康の敵」ではないという。どういうことだろうか。

 プレゼンテーションの中で博士は、自らの考え方を180度転換させた、ある研究を紹介する。その研究では、まずアメリカの成人3万人に対し、「去年ストレスを感じましたか?」「ストレスは健康に害があると思いますか?」という二つの質問をした。そして、その8年後に、その3万人の生死を調べたところ、第一の質問に対して「強度のストレスを感じた」と答えた人の8年後の死亡率が、それ以外の人よりも著しく高かった。

「ほら、やっぱりストレスは身体に悪いじゃないか」と思うかもしれない。ところが、死亡率が高くなる条件は「ストレスを感じた」だけではなかった。「強度のストレスを感じた」人のうち、第二の質問にイエスと答えた人、すなわち「ストレスが健康に害があると信じていた人」のみが死亡率が高かったのだ。驚くべきことに、強度のストレスを感じていても、「ストレスは健康に害があると考えていなかった人」の死亡率は、ストレスを感じなかった人とほとんど変わらなかった。

 研究では、この調査結果を元に、8年間で、ストレスそれ自体ではなく、「ストレスが体に悪いと信じていたこと」で亡くなった人はアメリカ全体で18万人に上ると推計。これは単純計算で1年に2万人ということだ。これは2012年のアメリカでは、皮膚がん、HIV/AIDS、殺人よりも多い死因なのだそうだ。