MBAで教えているビジネスの法則、傾向、メカニズムは知っているだけで仕事に「差」がつきます。本連載では経営戦略、統計・経済、マーケティング、コミュニケーション、人の認識(バイアス)などのビジネスセオリーを50個厳選した『グロービスMBAキーワード 図解 ビジネスの基礎知識50』から、そのエッセンスを紹介します。第3回は人間心理を利用した「影響力の武器」がテーマです。

仕事でもつかえる「影響力の武器」

我々は、自分たちが自分の意思で物事を決めているものと思っています。しかしそれは錯覚であり、実は無意識に相手の手の内で踊らされていることが少なくありません。

たとえば我々は無意識に抱いている「規範」に従って行動する傾向があります。例として、結果平等より機会平等の方が大事だと思っている人間は、いわゆるアファーマティブアアクション(例えば大学入学試験において合格水準に達していないラテン系やアフリカン・アメリカンなどの被差別層を「結果平等」を重視して合格させる)には反対の立場をとりがちです。

逆に、結果としての平等の方が重要だと思う人間は、貧富の格差の拡大を助長する政策などに対して無意識のうちに反対票を投じるでしょう。
これらは、自律的に考えているようでも、往々にして相手に利用されていることが少なくありません。

上記のような行動をとってしまう背景には、自分なりの「規範」に従っていた方が楽だし、思考もショートカットできると考える、人間の抜きがたい習性があります。どれだけ合理的な人間であっても、本能とも言えるこうした性向から完全に無縁ではいられません。毎回、是々非々で考えるより、自分の規範に従って思考し行動する方がはるかに楽なのです。

さて、心理学者のロバート・チャルディーニは、著書『影響力の武器』の中で、人間に無意識のうちに影響を与え、動かしてしまう6つの力を紹介しました。これらは先に紹介した規範以上に本能的で、人間の行動を制約します。6つを順に述べると、「返報性」「コミットメントと一貫性」「社会的証明」「好意」「権威」「希少性」となります。

これらは、知っておくと人を動かす上で大きな武器となると同時に、知らないと極めて大きな弱点となってしまいます。これらをどこまでビジネスシーンで実際に活用すべきかは、倫理上も議論になるところではありますが、知らないと損をする可能性が増すのは間違いありません。

今回は、『グロービスMBAキーワード ビジネスの基礎知識50』の中から、こうした「パワーと影響力」に関連する法則やメカニズムを2つ紹介します。

お返ししないと気持ち悪い
「返報性」

返報性とは、他人に借りがある状態は好ましくないので、お返しをしなくてはいけないと考える人間の性向を指します。

 人間には受けた恩義には報いないといけない、借りは返さないといけないという強い義務感が生じるものです。これは、社会的な生物である人間が、原始時代より共同生活を営む中で育んできた感情です。

受けた恩義に報いない人間は「恩知らず」などと非難され、生活や活動がしにくくなります。そうしたストレスを避けるように人間は幼少期より教育を受けますし、実体験を積んで学んでいきます。こうして返報性は、普通の人間であれば基本的に持つ性向となります。

返報性を用いたテクニックとして最も有名なのは、交渉術の「ドア・イン・ザ・フェイス」のテクニックでしょう。これは最初に過大な要求を突き付け、それが断られたら、もっとレベルを落とした、本来の要求を出し、受け入れてもらうというものです。

例えば、本来は5000円の寄付をしてもらえればラッキーというシーンで、最初に10倍の「5万円の寄付をお願いします」と要求を出してみます。

相手は、「そんなに出せないよ」と言います。そこで「5000円だけでもいかがでしょう」とお願いすると、相手は、最初の要求を断ったという負い目(借りを作ったという感情)が生じるため、「まあ、5000円くらいならいいよ」といったように、本来の狙いの額を出してくれるのです。

ポイントは、返報性の感情は、実際に具体的な便宜を与えた場合だけではなく、このように相手が「借りを作った」と感じるだけでも働くという点です。

また、返報性を使うと、しばしば相手に与えた便宜とつりあっていないような過大なリターンを得ることも可能とされています。たとえば、大した手間もなく人を紹介してあげただけでも、その見返りとして、大きな協力、たとえば社内勉強会への登壇などが可能になることがあります。

こうしたことが起こるのは、貸しとそれに対する見返りは完全に釣り合っている必要はなく、「貸し借り」がある状態が解消されることが大事だからです。それだけ人間は「借りがある」という感情をストレスに感じるのです。

返報性はこのように非常に効果があるため、チャルディーニも、最も注意すべき影響力の武器として指摘しています。