感情に振り回されるのは課長失格

この事件から学べることは、まず、叱咤激励自体はパワハラに当たらないということです。ただし叱咤激励とは、相手を勇気づけ発奮させる目的で行われる注意や指導でなくてはなりません。

注意・指導といじめは、まったく別のものです。注意・指導は相手を向上させようというプラスの意思から行われる一方、いじめは、相手を陥れようというマイナスの感情が起点になっています。

誰の心のなかにもマイナスの感情はあります。しかし、マイナス感情に支配されてそのまま誰かにぶつけるようでは、チームを統率する立場にある課長としては失格です。

この事件のYのメールは、自分のマイナス感情を相手にぶつけたもので、Xをチームのさらし者にし、侮辱しています。Xを前向きに叱咤激励するものではないことが明らかです。この事件では、目的こそ正当であったためパワハラになりませんでしたが、やり方・手段に問題があるとして不法行為に認定されている点に留意すべきです。

注意・指導の目的でメールを送る場合、「誰に」「何を」伝えたくて送るかを、送信前に確認してください。それらが明確でない場合、そのメールは何らかのトラブルを起こす可能性があります。

そもそも、メールではなく、会議室などに呼び出し、口頭で注意すればよかったのです。またはメールで送るにしても、Ccを入れずに本人にだけ送れば、こんなことにはならなかったはずです。

部下は課長のコミュニケーション力を観察している

この事件とは別の例を紹介しましょう。

ある会社で、営業部と企画部の間で、情報共有のためのメーリングリストが設置されました。そのメーリングリスト上で、年配の営業課長と、企画部の若手社員がトラブルを起こします。

営業課長が、急ぎの仕事を若手社員に直接依頼しました。この若手社員は、営業課長の直接の部下ではありませんが、急を要していたため、営業部長や企画課長を通している時間がなかったのです。

それに対する若手社員の返信「では来週月曜日にやります」に、営業課長がキレてしまいました。

「ふざけるな、今日中にやれ!」
「おまえはたるんでいる。会社をナメているのか」
「営業がいかに大事か、まるでわかっていない!」


営業課長は、そんな罵倒をメーリングリスト内で立て続けに行いました。これは、パワハラに当たる可能性があります。

   感情に振り回され過ぎていませんか?


メーリングリストの目的は、チームでの情報共有です。その場で課長が1人の部下を叱責する場合、それがほかのメンバーにも共有すべき重要な情報であるなど、特別な事情があるときに限られるはずです。また、そのメールの表現も、叱られるメンバーの感情を必要以上に傷つけないよう、最大限の配慮が必要になるはずです。

それは、叱られる部下のためだけではありません。あなたがそういう配慮ができる人格者なのかどうかを、部下に示す機会にもなっているからです。

部下との一対一のやり取りが苦手だったり、自信を持って叱ることができないという課長もいます。誰かを「Cc」に入れるという選択は、自分の指導を他の誰かに共有しておきたいという気持ちが働いている可能性があります。新任の課長などは、部長にCcを入れるケースもあるでしょう。

しかし、このとき誰を入れるかは重要です。前述したA保険会社の事案であれば、YがXにメールを送る際、Xの同僚十数名をCcに含める必要が本当にあったのかYが熟慮していれば、訴訟にはならなかったでしょう。

メール上のアクシデントを起こさないために大切なのは、課長が普段からアナログのコミュニケーションを心がけることです。普段から十分会話していれば、メールの文面から微妙なニュアンスを感じとることができるでしょうし、疑問に感じたら口頭で確認することもできます。

良好な人間関係を築く基本は、顔と顔を合わせて対話することです。SNSなどITコミュニケーションツールが発達すればするほど、直接対話する重要性は増していきます。

神内伸浩(かみうち・のぶひろ)
労働問題専門の弁護士(使用者側)。1994年慶応大学文学部史学科卒。コナミ株式会社およびサン・マイクロシステムズ株式会社において、いずれも人事部に在籍社会保険労務士試験、衛生管理者試験、ビジネスキャリア制度(人事・労務)試験に相次いで一発合格。2004年司法試験合格。労働問題を得意とする高井・岡芹法律事務所で経験を積んだ後、11年に独立、14年に神内法律事務所開設。民間企業人事部で約8年間勤務という希有な経歴を活かし、法律と現場経験を熟知したアドバイスに定評がある。従業員300人超の民間企業の社内弁護士(非常勤)としての顔も持っており、現場の「課長」の実態、最新の労働問題にも詳しい。
『労政時報』や『労務事情』など人事労務の専門誌に数多くの寄稿があり、労働関係セミナーも多数手掛ける。共著に『管理職トラブル対策の実務と法 労働専門弁護士が教示する実践ノウハウ』(民事法研究会)、『65歳雇用時代の中・高年齢層処遇の実務』『新版 新・労働法実務相談(第2版)』(ともに労務行政研究所)がある。
神内法律事務所ホームページ http://kamiuchi-law.com/