一人ひとりの「好き嫌い」を見るのが人事の仕事

楠木 ただキャリアに関する相談で、「どうしたらいいんでしょう」「どっちがいいんでしょう」という話になるのは、何か約束みたいなものがほしいんでしょうね。若いうちは特にそうだと思います。こうやったら、こうなるんだという法則みたいなものほしくなってしまう。

大森智子(仮名)
商社勤務。人事・総務全般を担う。

大森 そんなものはおそらくないと思うんですけどね。どうすればいいか悩むことはあると思いますが、私自身、無駄な仕事はないと思っています。どんな仕事でもふと振り返れば、今の自分にとって、何らかの意味をなすものになると。

 私は人事、営業の両方を経験しました。だからこそ、会社の経営・事業戦略と人事・組織戦略との繋がりを理解できるようになったと感じています。人事の仕事として、一人ひとりの思いや会社の戦略を踏まえ、各自が輝けるように、うまく環境を整えたり、適材適所に人材を配置したり、時には制度を整えたりすること等が必要なのかなと思います。

楠木 まったく僕も同感ですね。ただ、一方で、人事というのは、人間という、そう簡単には割り切れないものが相手の仕事ですね。原理原則としては、「好きなようにしてください」でも、逆に、その「好きなようにしてください」っていうのを阻害したり、それを押さえつけるような性格を持っている人事的な諸制度や仕組みも、たくさんあるように思うんです。大森さんの今の哲学に基づいて仕事をして、ジレンマを感じることはないですか?

大森 今、私が所属する会社は、従業員数200人未満なので、一人ひとりの特性を把握しやすい規模だと感じています。まだ、一人ひとりをきちんと把握・認識できる範囲なので、今は特にジレンマを感じていないですね。

楠木 要するに、規模の制約で、一定の規模でやらないと、「好きなようにしてください」原理が、回っていかない。そのためには、人事が相手をする組織の規模に一定の限界があると。

大森 私はあると思います。

楠木 なるほどね。

大森 そこの、規模さえしっかり押さえていれば、ジレンマを感じることはあまりないと思っています。

楠木 そうでしょうね。だから逆に言うと、大きな規模でぶん回していかなきゃいけなくなると、本来人間にとって自然な、「好きなようにしてください」と逆行したり、それから、逸脱するような、いろんなシステムでやっていかなきゃいけなくなる。

大森 そうなのだと思います。

楠木 小規模はだいたいすべてを解決するものです。余計な分業もなくなるし。

大森 そうですね。あとは、会社の姿勢でしょうか。一人ひとりをきちんと見ようとするか。人を単なるコマとして扱うような会社だったら、たぶん、それは成り立たないと思います。

楠木 そうでしょうね。

大森 とはいえ、会社もすべての人の希望に応じることは難しく、会社人生の中で、いつか自身の好き嫌いなんて関係ない仕事に、アサインされることもあると思います。そこでその人が受け入れられるかどうかは、本人の捉え方と上司がどのように説明するかにかかっていると思うんです。

「この仕事は、将来、あなたにとってこういう面で役に立つと、僕たちは思っている。だから、いま、この仕事を、君に、アサインしているんだ」と説明が出来るかどうか。
部下ときちんと向き合うことが出来るかどうか。

楠木 実際に、人事のお仕事で、いろんな社員の方がいらして、その人の好き嫌いに立ち入って話すことはよくあるんですか。

大森 はい、そうですね。だから、様々な社員と色々な形でコミュニケーションを取ります。一緒に飲みに行ったり、スポーツしたり、遊びに行ったり…(笑)

楠木 それは素晴らしいですね。

大森 そうしないと自分自身が相手のことを理解できないんです(笑)自分がまず、相手をわかろうとしないと、相手にも自分のことをわかってもらえないですしね。人と人って結局、コミュニケーションで動いていくので。

楠木 これ鶏と卵の面がありますが、論理的な順番で言うと、さっきの「人をコマと見る」のはむしろ結果ですね。規模が大きくなると、接触する場面とか頻度とか、豊かさっていうのがなくなってしまう。結果として、その人が何が好きで、どうしたいかがわからない。あと、これまでどんなことをしてきたのかという、積分値みたいなのもわからなくなるので、コマとしてしか使いようがなくなるっていうことなのかもしれないですね。