日本海を望む鳥取県倉吉の港。戦後、大連から引き揚げた大泉さんが1年ほど生活の基盤を置いたのは倉吉の街だった。当時は行くあてもなく苦労の連続だった倉吉での暮らしだが、歳をとるにつれ、いつしか懐かしく思い出すようになる。脳梗塞を患い、車イスでの生活を余儀なくされるようになった今、倉吉の街をもう一度訪れたい、この目で見たい、そんな願いを募らせていた大泉さんは今春、その願いを実現した。車イスでの旅行を助けたのが、「トラベルヘルパー」という専門職である。

 いま、介護を受けながら旅行をする「介護トラベル」という分野が、すそ野を広げてきている。支えているのは、介護と旅行、両面の知識を併せ持つプロ達だ。介護福祉士のような国家資格ではないものの、この資格を所有する人は、すでに全国で700人を超え、事業社も年々増加している。

「要介護度5でも旅行したい!」を叶える介護トラベルサービス介護トラベルサービスを利用して思い出の地・倉吉へ旅をした大泉さん。奥様、娘さんの一家にプロのトラベルヘルパーが同行して念願を果たすことができた

 介護が必要な人がどうやって旅をするのか。この業界の先駆者である「あ・える倶楽部」に聞いてみた。同社では旅行をしたいと相談を受けると、スタッフが詳しくヒアリングを行う。どこへ行きたいか、どんな旅にしたいか、身体の状態はどうか、配慮する点、など。

 その上で旅行プランを作成し、トラベルヘルパーが付き添って旅に出発する。本人と家族の同意、治療中の場合は担当医の許可が必要だが、それらをクリアした人ならば、たとえ要介護5でも認知症であっても旅を楽しむことができる。

「長らく帰ってない故郷へお墓参りに行きたい。孫の結婚式に参加したい。温泉にのんびり入りたい。コンサートに行きたい。様々なニーズがあります。また、在宅介護が長引くと、お世話をするご家族もくたくたに疲れてしまいます。そんな時、旅に出ることで気分転換にもなる。介護のプロが同伴してくれるので、ケアは任せられ、日頃の重労働からも解放される。そんなリフレッシュが目的の旅も多いんです」(あ・える倶楽部を運営する株式会社SPIの篠塚恭一社長)

 病気の治療を続けている場合は、旅行中でも医療行為が必要になることもある。糖尿病のインシュリン注射や人工透析、在宅酸素療法などが必要な旅行者には、看護師が同行することも可能だ。トラベルヘルパーの資格には、1級から3級まであるが、介護や看護系の有資格者が対象となる2級は、120時間の専門講座を受講する必要がある。