人生に大きな影響を与えた
小林陽太郎との出会い

 アメリカから戻ると、当時社長であった小林陽太郎の秘書を務めることになりました。欧米のゼロックス、経済同友会、日米欧委員会など、小林の社内外活動をサポートしました。秘書として国内外で各界・各分野の多くのリーダーに接することができ、リーダーとしてのふるまいや人間として大事なことを学びました。ビジネス社会で活躍するトップリーダーは謙虚であり、高い教養を備えています。経営や経済、政治、社会に精通していることはもちろん、情報や異分野から学ぶことを大切にし、古典に通じて文化や歴史観、人生観を深く、幅広く身につけていました。

 小林は、社長に就任する前年、1977年に米国アスペン研究所のセミナーに参加しました。その際に、利益目標に向かって日々辣腕を振るっている米国の企業経営者たちが、深い教養を身に付けていることを目の当たりにし、教育や人材育成、特にリベラルアーツ(教養)の重要性を強く認識したのです。

 そして、小林は1998年に日本アスペン研究所設立に参画し、同研究所の会長に就任しました。その目的は、専門性を深めながらも社会や人間の生き方の全体像を見失わないよう、理念や価値観を見つめ直して将来を展望するための場を提供し、リーダーシップ能力の醸成に寄与することにあります。

 現在は、次世代の社会を担う高校生を対象にした「アスペン・ジュニアセミナー」も開講されており、東西の古典をテキストに、参加者同士の対話を通して、「何のために学び、働くのか」といった人生にとって重要な課題について、考えることを目的にしたプログラムを展開しています。

 私は、2001年に人事部長を拝命し、CSRの責任者として長く活動し、さまざまな改革に取り組みました。この時期が私の会社人生で最も苦しい期間でした。しかし、アスペンセミナーを通じて出会った哲学者の今道友信先生や老荘思想家の田口佳史先生のお二人に10年来の学びを受けたことが困難な時期の心の支えとなり、古典と哲学の重要性とおもしろさにも気づかされたのです。

 教養とは生きる力であり、生涯学び続ける力となります。変化に対応し続ける力を持っていなければ、この時代を生きぬくことはできません。

(グローバルな)小林から学んだことは、「家庭や人との関係が大事」というきわめて常識的なことです。小林は、「人というのは、仕事や出会いによって成長し続けていくという素晴らしい特性を持っている」と語っていました。つまり、「場(ポジション)が人を創る」ということです。難しい課題であっても、逃げることなく向き合い、挑戦し続けることで人間的にも大きく成長できます。

 また、小林は「組織が大きくなればなるほど、一人の素晴らしいスーパーリーダーがいても変わらない。随所に主たるリアル・チェンジ・リーダーが存在することが重要」とよく言っていました。リアル・チェンジ・リーダーとは、現場で客観的な判断をして、自主的に行動できる人間性あふれた人物を意味します。大きな組織を変革し、あるべき姿に向かって進むためには、一人のスーパーリーダーだけでは目標を達成できません。現場で努力している一人ひとりの総力を結集するためには、リアル・チェンジ・リーダーの存在が必要不可欠です。企業は、リアル・チェンジ・リーダーの育成を通して、会社の変革を推進し、持続的成長を実現していくことができるのです。

 組織のトップに近づくほど、EQ(Emotional Intelligence Quotient)リーダーシップ能力が求められます。IQやスキルをはじめ、ビジネスに必要な能力にはいろいろありますが、これらの能力に加えて、優れた人は仕事に対する高いモチベーションや、相手の気持ちを理解して行動できる能力を備えています。こうした人間的な魅力を支えているのがEQといえます。EQは、個人の意思と努力で後天的に身につくものであり、学生時代に古典に学び、いいものと人に触れることで育まれていきます。