政党とは、「選挙で議席を増やして政権を目指すのが使命」だからだ。立候補を取り下げて、議席を減らすことになるのに、政党としての影響力が高まるというのは違和感がある。主権者である国民に対して失礼な話である。候補者を出さないのならば、政党としての存在意義はない。共産党がこの戦略を取り続けるならば、一旦解党するのが筋なのではないだろうか。

 この連載では、「小政党の横暴」を防ぐために、二大政党制の優位性を再評価すべきと主張してきた(第106回)。二大政党制に対する代表的な批判は「少数意見を切り捨てている」というものだ。だが、それは事実ではなく、二大政党が少数意見を切り捨てているわけはないことは、歴史が証明している。

 英国の保守党・労働党は、1960-70年代の高度成長期に、ともに福祉政策の拡大を競った「福祉国家」の時代があった。現在でも保守党・労働党のマニフェストには、「経済」「外交」「雇用」「医療」「福祉」「教育」「移民」「女性」「環境」「エネルギー」など、あらゆる分野の政策が並び、民族、宗教など少数意見に配慮した政策も含まれている。そして、財源を考慮しながら、政策の間に優先順位を付けた包括的なパッケージとなっている。

 確かに、二大政党は「単一争点の中小政党」のように支持者の利益を一方的に実現しようはしない。だが、国民全体の世論の動向や、経済・財政の状況のバランスを考慮する中で、少数意見を政策の中に取り入れてきたのである。

 日本政治の問題は、中小政党が、少数者の利益を強引に実現しようとすることで、歴代政権の意思決定が混乱し、財政赤字拡大を招いてきたことだと考える。今の日本政治に必要なのは、英国の二大政党のような、財源を考慮してさまざまな政策の優先順位を付けた包括的な政策パッケージを作る「政権担当能力」を持つ大政党ではないだろうか(第50回)。

 民進党は、共産党に決して引きずられてはならない。1回の選挙の勝ち負けに右往左往するのではなく、堂々と自民党のオルタナティブとなる「政権担当政党」を目指すべきなのである。

 <参考文献>
 井手英策・古市将人・宮崎雅人(2016)『分断社会を終わらせる:「だれもが受益者」という財政戦略』筑摩選書