田中の『現代読書法』を読むと、本への書き入れに関しては夏目漱石(1867-1916)と新渡戸稲造から影響を受けたことがわかる。

「漱石は書入れを最も重んじた人である。漱石全集の決定版第十八巻にこれらの書入れが収めてある」(田中菊雄、前掲書)。

 いやあ、これは知らなかった。本への書き入れを全集に収録してあるとは。

 田中が記している『漱石全集決定版』(岩波書店)とは、1935-37年に出版されたエディションで、「第十八巻別冊」に「蔵書の余白に記入されたる短評並びに雑感」が収録されている。『漱石全集』は過去、岩波書店から何度も出版されている。図書館で調べてみた。

 すでに1919(大正8)年、最初に出版された『漱石全集』の別冊に収録されていた。これを元にその後の『漱石全集』にも収められたようだ。

 戦後のエディションでは『漱石全集』新書版第三十二巻別冊上(1957年)や『漱石全集』第十六巻別巻(1976年)にまったく同じ「蔵書の余白に記入されたる短評並びに雑感」が収録されていた。1957年版の別冊下、1976年版の同じ巻には漱石が書き記した「カーライル博物館所蔵カーライル蔵書目録」が収録されている。

夏目漱石『漱石全集』第二十七巻別冊下(岩波書店、1997年)

 図書館に収蔵されている『漱石全集』でいちばん多いのは90年代のエディションだ。『漱石全集』第二十七巻別冊下(1997年)では、「蔵書に書き込まれた短評・雑感」として改題、改訂、増補されている。

 大半は洋書への書き入れで、ていねいに自分の見解やメモを和文英文で書き込んでいる。ほんとうに大量の書き込みで、420ページを超える分量だ。本をノートと同じ役割にしていたのである。その一部が写真として掲載されている。

 漱石が書き残した「カーライル蔵書目録」のカーライルとは、スコットランド出身のトマス・カーライル(歴史家・評論家1795-1881)のことで、明治・大正時代の日本の知識人に影響を与えた人物である。現在はもう忘れられた存在だが、19世紀英国を代表する歴史家であり、文学者だ。私は『ゲーテ=カーライル往復書簡』(岩波文庫、1949年)を持っている。購入したのは90年代だった。

 漱石は英国留学(1900-01)のさい、4回もカーライル・ハウス(博物館)を訪れているので、そのとき、カーライルの書斎で蔵書をメモしたのだろう。後に雑誌「学鐙」(丸善、1905年1月号)に「カーライル博物館」と題した小文を寄稿している。一節を紹介しよう。いくつかの部屋を巡ったあと、こう書いている。

「後ろの部屋にカーライルの意匠に成ったという書棚がある。それに書物が沢山詰まっている。むずかしい本がある。下らぬ本がある。古びた本がある。読めそうもない本がある。……」(『夏目漱石全集2』ちくま文庫、1987年)。

 この漱石の書き方、大好きだ。なんだか否定的なのに、実はせっせとメモしていたと思うとにやにやしてしまう。

 新渡戸稲造もカーライルにずいぶん影響されたらしい。田中菊雄が書いている。