「現金を引き出すため、いちいち銀行に行かなければならない時代に戻れますか?」
聞かれた人はおそらく100パーセント「ノー」と答えるであろうほど、私たちの生活に浸透しているATM(現金自動預け払い機)。「ない生活」が思い浮かばないという点では、スマホやクルマに匹敵するのではなかろうか。
実はこのATM、あのエジソンと関係があるという。『「考える」は技術』から、ともに「世界を変えた発明」である「電話」と「ATM」に共通する「ある思考法」を探ってみよう。
ATMのルーツは、「◯◯の自動販売機」!?
ジョン・シェパード=バロンは昔かたぎのスコットランド人で、並外れた探求心の持ち主だった。1960年代なかばのある金曜日の夕方、彼は銀行を訪れた。ところが、ほんの数分前にその日の営業は終了していた。どうしても現金が必要だった彼は、支店長に何とか対応してくれと頼んだが、受けつけてもらえなかった。
根っからのエンジニアであるシェパード=バロンは、自分の預金口座からいつでもどこでも現金を引きだす自由があってしかるべきだと考えた。彼は当時、紙幣の印刷を手がける企業の要職にあった――印刷部門で働きはじめ、そのころは現金輸送業務の責任者となっていた。やがて彼は、預金者に無人で現金を払いだす方法を模索することになる。そして誕生したのが現金自動預け払い機(ATM)だ。
彼はどうやってそこに到達したのだろうか?「チョコレートバーの自動販売機を見て考えたのです。チョコレートを現金に置き換えればいいじゃないか、と」。シェパード=バロンはそう述べている。
必要が発明の母であるなら、父親は誰なのだろう?ATMはまったく何もないところから生まれたわけではない。認知心理学者はブレークスルーの起源を説明するとき、「日和見(ひよりみ)的同化」という仰々しい表現を使うことがある。チャンスをつかむには、それを活用できるように心の準備をしておくことが肝心という考えだ。このような知的錬金術に必要なのは、人生における教訓と経験を結びつける意識下の活動である。
そこで役に立つ強力な思考法が「逆算デザイン」だ。望ましい結果を思い描き、到達までの過程を逆向きにたどる。突然のひらめきに思えることも、じつはアイデアや経験、機会を結合させようとする、意識的で秩序ある活動の産物だ。リーハイ大学建築工学教授トム・ピーターズは、このことを「マトリクス思考」という言葉で表現している。アイデアのマトリクスを縦横無尽に行き来して、幅広い分野からアイデアを拾っては培養し、組み合わせて現実的な解決策を導く思考を意味する。