エジソンの「思考モデル」を解明する!

マトリクス思考の達人の1人、トーマス・エジソンについて考えてみよう。エジソンはまさにピーターズ教授のいうマトリクス思考に突き動かされていた。技術史の研究者であるバーナード・カールソンは、発明家としてのエジソンの思考プロセスを研究しているが、彼が遺したスケッチは研究対象としては「悪夢」だと言う。たとえば、エジソンは電話のスケッチを描くとき、図に注釈をいっさい書き入れていなかった。

 カールソンはまるで古生物学者が化石を扱うかのように、スケッチをはじめ、エジソンの発明に関する混沌とした資料を調査した。多くの発明にあらわれる物理的な構造や、その根底にある技術的なインスピレーションを観察し、それらの関連性や類似点を分析することで、エジソンの「思考モデル」を解明しようとしたのだ。

 カールソンは、エジソンが新技術を1つひとつ掘り下げているというより、並行して5つくらいの分野で思索していることを知った。たとえば、エジソンは音の振動を磁界中に置かれた導体に生じる電気信号に変換する実験を行っていた。その過程では生物が変異と淘汰を繰り返して進化するように、アイデアや道具をつねに交換する柔軟な姿勢をみせている。

 エジソンはハイブリッドな技術を創造し、改良のたびに電話の完成度を高めた。数々のスケッチを総合的に観察すると、そこには明白な目標があったことがわかる。「エジソンは1つの電話に没頭したのではなく、いくつもの可能性の相互関係を探求していた」とカールソンは結論づけている。

ATM誕生のカギは、
「制約」からの「逆算」にあり!

 このような発想をATMの開発に当てはめて最終的な目標から逆算すると、「現金を確実に払いだす方法」という具体的な機能が抽出される。ATMシステムに関して、セキュリティやデータ保存といったモジュールを個々に分析する過程で、シェパード=バロンは目標から反対向きの道筋をたどり、今日で言うところのテレマティックス――コンピューター、通信、輸送技術を統合する複数のシステムから成るシステム――を構想したのではないだろうか。

 ATMの第一号は、1967年にバークレイズ銀行の北ロンドンの支店に設置された。4桁の暗証番号はシェパード=バロンの妻のアイデアだ――4桁という長さは人が無理なく記憶できる情報量を目安にしており、世界標準になっている。磁気カードが登場する以前、ATMが暗号処理できるのは炭素14という放射性物質を染み込ませた特殊な小切手だけだった。人々はATMを実際に使って問題がないことを知ると、この新しい機械にすぐに信頼を寄せるようになった。

ATMの特徴として挙げられるのは、デザインではなく機能面を重視した発明であることだ。仮にシェパード=バロンの関心の中心がデザインにあったとすれば、問題解決の可能性は無限に広がっていただろう。本来ならば、ATMはどんな形でも色でもよかったはずだ。しかし、チョコレートバーの代わりに現金を取りだす自動販売機という最終目標に伴う制約を考慮すれば、デザイン重視のアプローチは効率的ではなかった。機能を重視したからこそ、彼は最終目標への道筋を容易に描くことができた。ATMの機能面を徹底的にテストすることで、信頼性、プライバシー、セキュリティといった不可欠な機能的要素が磨きあげられたのだ。

「逆算」思考をより詳しく知りたい方は、『「考える」は技術』3章をご覧ください。
(構成:編集部 廣畑達也)