「アウターライズ地震」とは、東北の太平洋側約200キロにも及ぶ日本海溝の外側で発生する地震のこと(東日本大震災は海溝の内側)。震源地が陸地からは離れているため、陸地での揺れは小さいものの、津波は大規模なものになりやすいという。

「福島・岩沼(宮城県南部)沖のアウターライズは、2000年近く動いていない空白域の地震帯です。東日本大震災より大きなマグニチュード9以上の揺れと巨大津波が予想され、福島県から仙台平野にかけて、大きな被害を受けるでしょう。前回起きたのは、西暦95年の『東北太平洋沿岸津波』のときで、仙台平野は大崎の辺りまで、壮大な運河のようになったとの記述があります。倭の国は(仙台平野の内陸が津波で海となったため)、旧阿武隈川河口から船で内陸へ進出する絶好の機会となりました。いまの大崎市と石巻市の間に大きな運河があって、倭の国の船が行ったり来たりしていたとの記述もあります」(飯沼氏)

 アウターライズ地震については、福島・岩沼沖では地震が起きておらず、歴史的に空白域になっていること以外、いつ来るのかといった周期性などは何もわかっていない。今後、有人潜水調査船「しんかい」の調査などによる回避が難しければ、西暦95年の東北太平洋沿岸津波から「教訓を学ぶしか予防方法がない」と飯沼氏はいう。

 福島県相馬郡新地町の地蔵森という標高350メートルほどの山には、新地の海岸から打ち上げられた津波が御神体を乗せた舟を山頂付近まで運んだという言い伝えがある。しかし、この地蔵森伝説は、福島県の東海岸地方で、昔から知られていた。元々、人々を救うことができる地蔵尊だったため、津波の恐ろしさを地蔵森の山に託して、後世に伝えたと言われている。

 また、宮城県岩沼市の千貫山では、標高50メートルほどの山腹まで津波が駆け上がったことがわかった。千貫山一帯の麓は、縄文時代から弥生時代にかけて海岸線で、山の中腹に千貫神社があったという。

 こうしたことから、飯沼氏は「2つの伝説に共通する津波の巨大性を考察すると、古代に、福島沖と岩沼沖を震源とする地震が連動して起こった。岩沼の海岸での津波の高さは100メートルを超えたと思われる」と推測する。

「地蔵森山も千貫山も、同じ整合性のある津波ということになれば、2つの津波伝説は信ぴょう性があるのです。津波伝説にも10のうち1つは必ず真実がある。それを解明するのが、我々の役割です」(飯沼氏)