昨年の震災では、死者・行方不明者が2万人近くに上った。我々は、その死因の大部分は「溺死」と考えている。しかし、現実はそこまで単純ではない。

 遺族に聞くと、こういう声が出てくる。「家族の死因がわからない」「津波に襲われた後、しばらくの間、漂流していたのではないか」「凍死したように思える」

 なぜ、このような“混乱”が生じるのか。昨年の震災では現場にいち早く駆けつけ、多くの遺体の検案に関わった法医学者に取材を試みた。


被災地で検案を行なった教授の告白
「死因の特定」は十分にはできていなかった

本当に溺死なのか――。死因に納得できず苦しむ遺族<br />戦場の被災地で法医学者が痛感した“検死”の限界(上)千葉大学大学院法医学教室教授 岩瀬博太郎氏。(下)千葉大学医学部(千葉市中央区)。

「ご遺体の検案をする際、死体検案書に書く死因を“溺死”としたケースが大多数だった。解剖することができない以上、死因を正確に判定することはできなかった。それが残念だった……」

 千葉大学大学院法医学教室教授の岩瀬博太郎氏(44歳)は答えた。私が、検死の問題点を尋ねたときだった。

 岩瀬氏は昨年3月に発生した震災の直後に、陸前高田市などに出向き、多くの遺体の検案を行なった。東京大学助教授を経て、36歳で教授に就任し、現在は日本法医学会の理事も務める。“検死の先進国”スウェーデン、オーストラリアを視察した経験もある。

 私が「なぜ残念だと思っているのか」と聞くと、岩瀬氏はこう答えた。

「海外の先進国の法医学者が、1年前に我々が行なった検案の実態を知ったら、『死因をもっと究明するべきだった』と指摘するかもしれない。日本では、2万人近いご遺体に、他の先進国並みの検案をすることは難しい。その意味では、後進国と言えるのかもしれない」