ハイパーポピュリズムの時代

ムーギー 少し教育の話から離れてしまうのですが、久々に先生にお会いできて、お聞きしたいことがあるんです。アメリカ大統領選のトランプ旋風やイギリスのBrexit(EU離脱問題)を見ていると、格差が大きくなり、不満を持つ人や怒れる人が増えたとき、民主主義は機能しないんだなとしみじみと感じてしまったんです。私ね、イギリス議会の議論を聞くのが趣味なんですが……。

竹中 相変わらず変わった趣味ですね(笑)。

ムーギー 結構おもしろいんですよ。今回のEU離脱についても、「こんな徹底的な議論が行われているんだ。さすがイギリスだ」と思っていたんです。論点が出尽くしているし、議員の発言が政党に縛られることも、メディアが政治的プレッシャーによって「自粛」という名の萎縮をすることもない。でも、そんな議論を経ても賢くない判断をしてしまうんだ、とびっくりしてしまって。

竹中 ロバート・ホーマッツ国務次官はいまの状態を「ハイパーポピュリズム(大衆に迎合して人気を獲得する政治手法)」だと言っています。

ムーギー ハイパーポピュリズム!まさにそのとおりですね。

ムーギー・キム
1977年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。INSEADにてMBA(経営学修士)取得。大学卒業後、外資系金融機関の投資銀行部門にて、日本企業の上場および資金調達に従事。その後、世界で最も長い歴史を誇る大手グローバル・コンサルティングファームにて企業の戦略立案を担当し、韓国・欧州・北欧・米国ほか、多くの国際的なコンサルティングプロジェクトに参画。2005年より世界最大級の外資系資産運用会社にてバイサイドアナリストとして株式調査業務を担当したのち、香港に移住してプライベートエクイティファンドへの投資業務に転身。フランス、シンガポール、上海での留学後は、大手プライベートエクイティファンドで勤務。英語・中国語・韓国語・日本語を操る。グローバル金融・教育・キャリアに関する多様な講演・執筆活動でも活躍し、東洋経済オンラインでの連載「グローバルエリートは見た!」は年間3000万PVを集める大人気コラムに。著書に『一流の育て方』(共著、ダイヤモンド社)、『世界中のエリートの働き方を1冊にまとめてみた』『最強の働き方』(ともに東洋経済新報社)がある。

竹中 いま、世界には「デジタル革命」、そして「グローバリズム」という2つのフロンティアが発生しています。フロンティアが発生すると、そこに挑戦して富を得る人と、リスクを取らない代わりに何も得られない人が生まれてしまうんです。かつてのアメリカの西部開拓と同じですね。

 それでも、資本主義は「がんばれば自分も成功できる」という期待がベースにありました。挑戦さえすれば、アメリカンドリームを手に入れるチャンスは誰にでもあったわけですから。ところがいま、2つのフロンティアが同時に発生したことによって、世界中で越えがたい壁が生じている。

ムーギー 超成功者と、時代についてこられない人(中には一部、やむをえない事情の人もいますが)の差が大きくなりすぎたんですね。

竹中貧しくなった人は、「悪者」をつくって鬱憤を晴らすしかありません。アメリカの場合はメキシコの移民が「悪者」で、「メキシコとの国境に壁をつくる」というトランプのポピュリズムが成立するわけです。

ムーギー イギリスで言えば、EUに拠出金を出しているせいで国民の社会保障費が削られる、また仕事が移民に奪われる、つまりEUが「悪者」だ、と。

竹中 そのとおり。いま、ハイパーポピュリズムを止められるかどうかが、社会が抱える最大の課題です。ポピュリズムのドミノが起こってドイツやフランスでも「国民投票をしてEUを離脱しよう」となるか、「トランプは危険だ」と気づいてドミノが止まるか……。

ムーギー しかし、イギリスの選択が意外だったのは、イギリスは経済も金融も強いし、EUでもっともうまくいっている国だったからです。いわんや、さらに貧しい国は……と思うと絶望的ですね。

竹中 ただし、ピケティも言っているとおり、格差にも格差があるんですよ。先進国で見ると格差はアングロサクソン、つまりイギリスとアメリカが圧倒的に大きい。日本とヨーロッパ大陸の国々は資産課税を重視しているため、格差が生まれづらいんです。日本なんて高所得者への税率は世界でトップレベルに高いし、諸外国に比べて相続税も重いでしょう?

ムーギー たしかにそのとおりです。それでも、格差をあおる政治家は日本やヨーロッパ大陸の国々でも現れていますよね。

竹中 ええ。結局、政治のリーダーが国民の御用聞きになってはいけないんです。文句やわがままを言う国民に「そんなことを言ったらこの国がつぶれるぞ」と事実を伝え、「痛みは伴うが改革しよう」と言える強いリーダーが現れるかどうかが、今後の日本を左右するでしょう。