夕方十七時を過ぎた鴨川は、夕日に照らされた水面がきらきらと眩しくかがやき、涼しい風が吹いていた。
ところどころで大学生が、ブルーシートの上にせっせとお酒を並べ、新歓コンパの準備をしていた。ブルーシートの上に置かれた小さなスピーカーからは、エレキギターが慌ただしい、激しいブリティッシュロックが流れていた。
ニーチェは鴨川に着くと、川原に落ちている石をいくつか拾い上げ、私に手渡した。
「アリサ、ここで水切りをしよう」
「えっ、水切りって石を投げるやつ?」
「そうだ、何回石が跳ねるかを競うのだ」
そう言うとニーチェは川に向かって、水面をバウンドするように石を投げた。
チャッ、チャッ、チャッ、ポチャ。石は三回バウンドすると、水の中へと落ちた。
「ニーチェうまいじゃん、じゃあ私もやってみる!」
意気込んで石を投げる。
チャッ、ポチャ。一回だけバウンドして石は落ちてしまった。なかなか難しい。
「ハハッ、アリサまだまだではないか、続けていくぞ」
チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、ポチャ。今度は四回だ。
「くそー!悔しい!」
私は負けじと、よさそうな石を拾っては投げつづけた。ニーチェと私は、いつのまにか水切りに夢中になり、気がつくと夕日は落ち、あたりはうっすら暗くなっていた。
「アリサ、我々は何度、石を投げたと思う?」
「えーわからないけど、百回くらいかな。明日、右手筋肉痛になってるかもね」
「ではこのまま石を千回、いや一万回投げたとして、同じルートをたどって水に落ちる石はあると思うか?」
ニーチェはいきなり、変な質問をしてきた。
「どうだろう、まあ一、二回くらいはあるんじゃない?一万回も投げるんでしょ」
「そうだ。さらに言うと無限に投げ続けていると、同じルートをたどって、水に落ちる石はいくつかあるだろうか?」
「そうだね、あるかもね。けど、それがどうしたの?」
「つまり、何事も繰り返されるということだ。私はその事実をアリサに伝えに来た」
ニーチェは石を投げる手を休め、こちらを向いた。私にはニーチェが何を言いたいのかが、よくわからなかった。
「言っていることがよくわからないんだけど、どういうこと?」
「そうだな、この話は広大な空を見ながらした方がよさそうだ。さあそのへんに適当に座るのだ」
そう言うとニーチェは鴨川の川辺に腰掛けた。私も手に持った石を置き、近くに座った。
ニーチェは座ったまま、うっすらと浮かんできた星を指さした。
「アリサ、あの星を見よ」
「うん、見えてるよ、あの黄色っぽいやつだよね。金星かな」
「そうだ、宇宙がいつ出来たか、知っているか?」
「いや、よく知らない」
「宇宙は百五十億年前ほど前に出来たと言われている」
「百五十億年前……」
「それからいままで一瞬も休むことなく、時間は流れているのだ」
「そう考えると、スケールが大きすぎてよくわからなくなるね」
「そうだ。そして時間が無限にあるとしたならば、いつかまたビッグバンは起こり、また同じような人生がどこかで繰り返されると私は考えるのだ」
「それってどういうこと?」
そう聞くと、ニーチェは近くに転がっている石を五つほど拾いあげ、バラバラと落とした。(つづく)
原田まりる(はらだ・まりる)
作家・コラムニスト・哲学ナビゲーター
1985年 京都府生まれ。哲学の道の側で育ち高校生時、哲学書に出会い感銘を受ける。京都女子大学中退。著書に、「私の体を鞭打つ言葉」(サンマーク出版)がある