各方面から絶賛されたストーリー仕立ての異色の経済書、『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』。その著者・松村嘉浩氏のシリーズ対談のゲストとして、フコクしんらい生命保険の資産運用業務全般を統括する林宏明氏に再度ご登場いただきます。
今年7月に行われた対談でトランプ大統領の誕生を予測した林氏は、現在の市場と来年以降の動向をどのように見ているのでしょうか?

イギリスのEU離脱とトランプ大統領を実現させた「民意」

松村前回の対談での林さんの予想どおり、トランプが大統領選で勝ってしまいましたね。お見それしました。

 トランプの勝利はイギリスのEU離脱と同じ文脈です。私はイギリスのEU離脱を昨年から予想していましたから、今回のトランプも想定どおりで、特に違和感がありません。しかし、講演などでトランプの当選を明言していたら、なぜか事あるごとに「おめでとうございます」などと言われるようになってしまいました(笑)。

 この一連の流れは、「トランプ・サンダース現象」と呼ぶべきものだと考えています。つまり、エスタブリッシュメントやグロバリゼーションに対する反抗が渦巻く中で、民意の受け皿が初めて出てきたということだということです。

松村 「民意」がキーワードですよね。

 はい。これまでの大統領選は1年間の長い選挙キャンペーンを戦える資金力が勝負を決めていたにすぎませんでした。ところが、今回のようにトランプやサンダースのように、選挙資金を大して使わないで選挙戦を戦い抜いた例は過去にありません。

 トランプは自分が大富豪であることもありますが、いちばんおカネのかかる宣伝をメディアが暴言等を取り上げることで勝手にしてくれて、それに国民は熱狂しました。そしてサンダースは一般国民の小口の献金で選挙戦を戦い抜いたわけです。これは民意が強く反映した証拠といっていいでしょう。

松村 大衆迎合的な世界に進んでいくことは、私も大枠では予想し『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』にも書いているわけですが、さすがにこのタイミングでトランプ大統領が実現するとは思っていませんでした。それはイギリスのEU離脱のときもそうでしたが……。ですので、現実の展開の速さに驚いているというのが正直なところです。

 ただ、民意の中身を得票数から探ってみると、トランプが圧倒的な支持を得たというわけではなく、民主党・共和党がお互いに支持を減らすなかで、消去法の選択でトランプになった。しかも、トランプが勝ったというよりも、ヒラリーが負けたと言うべきだと思っています。既存のエスタブリッシュメントがいかに嫌われていたのかが明確になった結果でしたね。

林 そうですね。トランプの女性蔑視問題に関しても、ヒラリー陣営の抗議は「上からたしなめている」ようにトランプの支持者には伝わり、反感を買ったと思います。その点が大きな失策でした。

トランプはいつ本気になったのか?

松村 もちろん、行き詰まる世界の中で国民が変化を求めた結果、トランプを選んだとも言えるのですが、大きな疑問は、大衆に迎合し扇動する政治家が当選してしまった場合、その結果に対してどう責任を負うつもりなのか、という点です。実際問題として、イギリスのEU離脱を扇動したボリス・ジョンソンは本気でEU離脱を考えていたわけではなく、政争の具としてEU離脱を利用したことが明らかになっています。

 トランプに対しても同じような疑問を抱かざるをえません。これまで、あまりにも現実とかい離した政策を並べ立てており、現実に大統領になったらどうするつもりだったのか?実際には、ボリス・ジョンソンと同じ心境なのではないか?という疑念が拭えないのです。

林 トランプの心情の変化まではわかりませんが、最初はたしかに半信半疑で、「トランプ」ブランドの宣伝目的がメインだったかもしれませんね。しかし、かなり早期からトランプは本気で大統領になる気になったと思っています。クリス・クリスティのような穏健保守で政治をよくわかっている政治家がトランプ支持をいち早くしたこともその理由になったでしょうし、早い段階でメキシコの大統領に会って記者会見している姿は大統領然としていました。またイギリスのEU離脱のときも、スコットランドの自分のゴルフ場を訪れたという立て付けですが、イギリスにいる姿を見せることで、自分がこのムーブメントの中にいることをアピールしようとしていました。

松村 なるほど。では問題は政策の実現性ですね。

林 その点に関しては正に暗雲が立ち込めている、という状況ですね。閣僚人事に関しても、ポール・ライアンが支持に回った時点でもう少し共和党から人材が出てもよさそうなものですが、トランプと距離をとっている感が強いです。また、財務長官もムニューチン氏に頼まなくてはならないような事態ですからね。

松村 常識的に考えて、大衆迎合のために矛盾した政策を言ってきた以上、それを実行する閣僚になるのは相当に勇気がいります。身内か友達か、よほど大臣になりたい人でないと難しいでしょう。財務長官も他になり手がいなかったように思います。過去の財務長官は、ムニューチン氏と同じゴールドマン・サックス出身と言ってもみな会長クラスの経験者です。率直なところ、ムニューチン氏はかなり軽量級ですね。

トランプ相場の理由と寿命

松村 このような状況にもかかわらず現状の市場は、トランプのお祭り相場になっていますが、その要因はどのようにお考えですか?

林 そもそも、ヒラリーよりもトランプのほうが株式市場にとっては有利な政策でした。ヒラリーは増税で金融規制。トランプは減税で金融規制緩和なのですから。

 しかしながら、現状の市場は期待が先行しすぎていて、政策の細部の整合性に関しては無視しています。これには季節性も大いに影響していると思います。大統領選を終えてクリスマスを迎える年内の期間は、良い年で終わりたいという意向が強くなります。でも、この相場を真に受けていると、来年は早々から大変なことになるのではないかと考えています。

松村 私からの補足としては、このお祭り相場の始まりは、まずトランプが暴言をやめて現実的になったこと、そしてそれをきっかけに、トランプのおかげという感じで上下院を共和党が過半数を占め、ねじれが解消したことも大きいと思います(編集部注:大統領選挙と同時に実施された米連邦議会選挙の結果、米国議会は上院下院ともに共和党が多数を占めた)。政策が動くことに期待が集まった、ということですね。

 具体的には、トランプと共和党の共通の利益である減税が最初の100日のテーマになることを市場が期待したわけです。しかし一方で、トランプは台湾とコンタクトをとって中国を挑発するなど、外交面における“暴言”はまったく止まっていません。

林 そのとおりで、市場は米国内の減税や公共事業のバラマキの部分ばかりを見ていて、そもそも覇権国の米国が内向きになることのマイナスを考慮していません。言うまでもない話ですが、米国が世界の安全保障の軸となることで米国は基軸通貨の地位を確立し、自由貿易を行うことによって世界経済の発展があったわけです。現状は金利差でドル高が進行していますが、そもそものドルの基軸通貨性に不安が生じて、各国が外貨準備をシフトさせるような事態になれば、ドルは急落してしまうリスクもあるのです。

 グローバル経済にトランプの政策がどのような影響があるのかに関して、市場は考えが至っていないように思います。もし来年1/20の大統領就任演説で、本気で中国に対してケンカを売るような発言をすることになれば、市場は大混乱になるでしょう。

林宏明(はやし・ひろあき)
フコクしんらい生命保険取締役執行役員財務部長。
1982年早稲田大学法学部卒。同年、富国生命保険入社。証券金融市場での経歴は25年近くに渡る。富国生命保険では国内の国債・地方債・財投機関債、海外の国債、地方債、エージェンシー債、カバードボンド等幅広く内外公社債市場の運用を担当するとともに、短期金融市場での運用にも従事。また、内外のクレジット市場、証券化商品の投資には深く関わってきた。現在は、フコクしんらい生命保険において、公社債市場・株式市場を始め、資産運用業務全般を統括している。