たしかに塩分濃度は高いが、塩の代わりに調味料として使えば可能性は無限に広がる、と芹沢さん。深い旨味は確実にファンを増やし、研究会の存在も認められ、今では町ぐるみの活動に発展している。考えてみれば町が開発から取り残されたことで、この食文化は消えなかったとも言える。それがこの町にしかない魅力になったというのは時代が変わった、ということだろうか。

時代から取り残された土地故に
効率は悪いが味はいい方法が残った

出汁パックなどもあるが、手日山式で作られた鰹節の出汁は味が複雑な印象

 ところでカネサ鰹節商店の主力商品は本枯れ節である。カビ付けをしない荒節に対して、カビ付けによって発酵熟成させた本枯節は鰹節の最高峰。この工程によって燻香が落ち、脂肪分が完全に分解される。味はパンチの強い香りの荒節に比べると、枯節は上品でマイルド、それでいて旨味成分が増えているため味と香りの余韻が長い。

 たまには出汁をとろうか、とスーパーでカツオの削り節を買うときは、裏の表示をよく見てほしい。荒節の場合の原材料は「かつおのふし」又は「かつおふし」、本枯節は「かつおかれぶし」「かつおのかれぶし」という表示になっている。名称もそれぞれ「かつお削りぶし」と「かつおかれぶし削りぶし」と違う。スーパーなどで売られている鰹削り節の8割以上が荒節と言われているので、本枯節は貴重品だ。

「かつお節の歴史は650年くらい。和歌山県で燻し乾かすという方法が発明されたことで、現代のかつお節の原形ができます。これは熊野節(現代の荒節)と呼ばれ、門外不出の製法とされていましたが、全国に広まっていきます。その原因は津波と言われていますね。震災や津波による被害を受けたことで仕事を続けられなくなった職人が様々な場所に移り住まれたことで、製造方法が伝わったと言われています」

 やがて土佐でカビを使った本枯節の製法が発明され、1802年には土佐余市という人物によって、ここ伊豆にも製法が伝えられる。この製法は別の人物によって薩摩にも伝えられ、土佐節、薩摩節、伊豆節が三大名産品と呼ばれるに至った。しかし、伊豆節という名前は今ではあまり聞かない。

「うちの田子節は伊豆節の大本です。田子の地というのは1300年以上鰹加工の歴史があり、かつお船もたくさんあったんですね。そこで正月魚であったり本枯節がつくられるようになりました。このあたりはかつて江戸で消費される鰹節の中心でした。しかし、流通が海運から陸運に変わったことでやがて廃れていきます。カツオ漁船はなくなってしまい、昔はこのあたりに40軒あった鰹節屋も今や3軒です」