リムは、顎を掻きながら説明を始めた。
「ヨーロッパはまだまだ景気が良いらしくてメランティの市場は堅調だし、ドバイからも大きな注文が入りそうなんだ。それに、ケンパスも中国から毎月10コンテナは出して欲しいと引き合いが来ている。フローリング用材として、けっこう高く売れるそうだよ」
「中国へ売るのか?」
幸一が口を挟んだ。
「建築ラッシュで需要が旺盛なのは判るが、中国のバイヤーは手癖が悪いと評判じゃないか。それに、中国の銀行はみんな国営で、L/C(銀行の支払保証信用状)を開いても難癖を付けて支払拒絶したり遅らせるのが常套手段らしいし……」
「コーイチは、中国が嫌いなのかい?」
リムが笑いながら尋ねる。
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
言いながら、幸一は今年の5月に起きた上海での日本領事館投石事件を思い出していた。
詳しい事情は知らないが、抗日を叫ぶ一般市民が大挙して日本領事館前でシュプレヒコールを上げ、石を投げ込んでいる様を、NHK国際放送を通じてクアラルンプールの自宅のテレビ画面で観たときには、海外で暮らす一人の日本人として不安を感じたものだ。
「今では中国人もインターナショナルスタンダードというものを少しは勉強したみたいで、露骨な契約不履行も無いらしい。中国の銀行も信用力が上がって、マレーシアの銀行も中国からのL/Cを短期融資の担保として認めるようになってきたから、商売しやすくなっているよ」
リムが自信あり気に弁じた。
「ふうん」幸一が気の無い声を返す。
「それよりも、コーイチ。君は大丈夫なのかい?」
「大丈夫って、何が?」
「メルサワが無くなるってことは、マレーシア駐在員である君の取り扱い商品が減ることでもある。君は嘱託の身分らしいけど、契約更新はどうなるんだい?」
「あっ」迂闊にも、幸一は言われて初めて自分の身に思いが及んだ。
そうだ、12月末で今の嘱託雇用契約は終わる。ひょっとしたら、来年は失業者の仲間入りになるのかもしれない。幸一は喉の渇きを覚えてビールのグラスに手を伸ばした。
(つづく)