各方面から絶賛される異色の経済書、『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』
そこに登場するキャラクター、絵玲奈とその指導教授にビットコインと“貨幣”の本質的な違いを教えてもらう記事の後篇です。(前篇はこちら

貨幣論のおさらい

「前回お話ししたのは、ビットコインは投機の対象にはなっても、円やドルと同じような『貨幣』にはなれないということでした。今日はその理由をお話ししましょう」

「ぜひぜひ!」

「でもいま、多くの人が『ビットコインは貨幣だ』と思って投資をしていますよね。そのような誤解がなぜ生まれるのかというと、みんな、『貨幣』というと価値の交換の仲立ちができる金のような“モノ”をイメージしてしまうからなんですよ。前回言った、2.交換の媒体の機能ばかりに目が行くということですね」

「ビットコインは“デジタル・ゴールド”で、実体はないけれど交換に使えるんだから『貨幣』に違いないと思い込んでる……ということですか?」

「そのとおりです。でも、それはマチガイなのです。以前の講義の復習になりますが、『貨幣』がない時代には物々交換をしていて、それだとあまりに不便なので、仲立ちをする価値の交換ができる“モノ”が『貨幣』になった……と、ほとんどの人が考えているのですが、これは“神話”なのです」

「物々交換なんてなかったんですよね」

「そうなんです。物々交換の仲立ちをする“モノ”、たとえばタラの干物とかタバコとかみんなが使う生活必需品が『貨幣』となったという考えは、一見それらしいので広く支持されています。しかも経済学の父のアダム・スミスがそう言っているので、多くの人が信じている。しかし現実に考えてみれば、おかしなことに気付きます」

「どういうことでしたっけ?」

「貨幣がタラの干物だとしたら、大根を買うのにタラの干物で支払うことはできますが、タラの干物を買いたくなったらどうすればいいのか、という話です」

「なるほど! タラの干物でタラの干物を買わなきゃいけない……。矛盾ですね」

「ですから、物々交換の仲立ちをする“モノ”が『貨幣』になったわけではありません。現実に起きたのは、こういうことなんです。

 いろんな取引を1回ごとに決済しないで、だれが何をいくら買って、いくら売ったというような取引をそのコミュニティのなかで集中して帳簿につけておく。そして、1ヵ月に一度とか、ある一定の期間でまとめて清算するわけです。
 そうすれば、いちいちやりとりしなくてもいいから便利ですよね。その結果、いろんな取引が相殺されて、最後にみんなの貸し借りが計算できます。そしてその残高を何かにツケておく。そのツケの残高を表す代用トークンがタラの干物だったり、タバコだったり、貝殻だったりしたわけです。

 かんたんに言えば、紙の借用書の代わりがタラの干物ということですね。借用書には価値が内在するので、『貨幣』となって流通したわけです。決して、タラの干し物が“価値があるモノ”だから『貨幣』になったわけではない、ということを覚えておいてください」

「そうでした。貨幣は“譲渡できる信用”なんでしたね!」

貨幣とは、中央集権的なものである

「そのとおりです。ただし重要なことは、誰の信用でもいいわけではない、ということです。王様のような強力な徴税力を持ち、必ず返済してくれるはずの信用がなければ『貨幣』にはなりません。『貨幣』は、踏み倒されないことが確実な信用(借用書)である必要があり、みんながそれを信じるから流通するというというわけですね」

「たしかに。踏み倒されちゃったら、『貨幣』がただのタラの干物になっちゃいますもん」

「もう1つ、王様を中心にコミュニティが安定的に続いていくという共同意識も必要です。王様が他の王様に侵略されて殺されてしまったら、王様の借用書は紙切れになります。王様が買ったサービスや財の借用書が『貨幣』となるわけですが、民衆が税金を支払うことによって王様から得る最大のものは安全保障であり、コミュニティの安定です。つまり、コミュニティを安定的に維持するための軍事・警察力が、信用の背景に存在するわけです。別の言い方をすれば、『貨幣』が成り立つには、中央集権的な権力が必要だということになります」

「ようやく腑に落ちてきました。でも、『貨幣』は具体的なモノなのではなくて、“抽象的な信用”だっていうのがわかりにくいところですね……」

「そうかもしれません。なので、ビットコインに関しても混乱が起きているんだと思います」

ビットコインは、<br />「貨幣」にはなれない(後篇)

ビットコインの致命的な欠陥

「以上が、ビットコインは『貨幣』ではないと考える理由なのですが、もし仮にビットコインが『貨幣』だとしても、致命的な欠陥がいくつかあります」

「えっ、それはなんですか?」

「まず、ビットコイン自体はその価値を維持してインフレを防ぐために供給量を限っているわけですが、長期的に見れば同じような仮想通貨はいくつも出てくるでしょうし、すでに複数存在しています。全く同じものではありませんが、違うゲームで違うバージョンの聖剣エクスカリバーがどんどん生まれてくるようなものです。ですから、ビットコインの価値が下がってしまい、インフレになってしまう可能性は否定できません」

「なるほど~」

「逆の可能性もあります。現状のようにビットコインの価格が激しく上昇しても、その供給量は限定されているので、短期的には止まらないほど上昇してしまうかもしれません。このように価値が激しく変動するものを物差しにしてモノの価値を測るのは、非常に困難です。『貨幣』の機能を十分に果たすのは、すぐに難しくなっていまうでしょう。これは、現代の社会で価格変動が激しい金が『貨幣』とならないのと同じ理屈です」

「じゃあ、どうしてこんなにもブームになっているんですか?」

「最初のきっかけは、王様が信用を失うようなことが起きたからです。現代の社会ですから、王様ではなく国家ですけどね。それはギリシャ危機です。ギリシャ危機の結果、ギリシャと関係が深くギリシャ国債を大量に保有していたキプロスの銀行は危機に陥り、預金封鎖をする事態に陥ったのです」

「預金封鎖ってことは、銀行に預けていたおカネが引き出せなくなったんですか!?」

「そのとおりです。預金が封鎖される可能性を察知した人たちが殺到したのがビットコインでした。そして、ビットコインにおカネを移した人だけが、預金封鎖から逃れられたのです。この結果、ビットコインは国家の権力の及ばないところに避難して“価値の保存”の機能を果たしたということで、一躍脚光を浴びることになったのです」

「聖剣エクスカリバーが人々を救ったわけですね」

「たしかにそうですね(笑)。逆に言えば、国家が信用を失うようなことが起きなければ、ビットコインはギークの人たちだけの聖剣エクスカリバーのままだったと思います。リバタリアンの人たちと、リバタリアンな性質を持つビットコインにとって、ものすごい追い風が吹いたということです」

「すみません。リバタリアンってなんですか?」

「個人の完全な自治を標榜して、究極的には国家や政府といった中央集権の廃止を理想とする考え方のことです。
ビットコインのリバタリアンな性質についても説明しておきましょうか。インターネットでのこれまでの取引は、必ず信用できる第三者、たとえば銀行や政府を間に挟んで行なう必要がありました。それは、取引相手が信用に足る人物なのかどうかは、インターネットを通じてはわからないからです」

「たしかにインターネットだけだと、向こう側にいる人が本当はだれなのかわからないですよね」

「そうです。ザ・ニューヨーカー誌に掲載されたピーター・スタイナーの有名な風刺画に、パソコンに向かう犬が、もう一匹の犬に対して“インターネット上では、誰も君を犬とは思わないさ”というものがあります」

「犬ですか(笑)」

「この問題を解決したのがビットコインを支える技術、ブロックチェーンなのです。ブロックチェーンの詳細はここでは説明しませんが、何かの所有権を、第三者を介さずに確実に直接取引することを可能にする技術です。
これまでは第三者に取引の内容を見られてしまっていたわけですが、ブロックチェーンを使えば銀行や政府に知られることなく匿名での取引が安全かつ確実に行なえるようになります。つまり、価値の交換を自由にインターネットで行なえるようにした、というわけです」

反・中央集権的なブロックチェーンは、『貨幣』をつくれない

「そういえば、ブロックチェーンという言葉も最近聞くようになりましたね」

「ビットコインが生まれてきた背景には、政府や銀行、そしてアマゾンやグーグルといったインターネットの巨人たちが、データを収集してさまざまな利益を得ていることへの不信感があるのだと思います。その結果、リバタリアンな考えが支持される傾向が生まれているのでしょう」

「リーマンショック以来、金融機関や政府は信用できないって気持ちをみんな持っていると思うので、それはよくわかります」

「トランプ大統領が生まれたのも、政府のエリートは信用できないという民衆の気持ちが反映したからですしね。
こうした風潮のなかで、ビットコインを支えるブロックチェーンが、資本主義や民主政治を変えて社会を良くする革命の起爆剤になるのではないか、というような論調が一部で見られます。でも、それは過剰な期待だと思います」

「どうしてですか?」

「ブロックチェーンの生み出すコアなプロダクトであるビットコインは、あくまで聖剣エクスカリバーにすぎないからです。
 さきほどの説明のように、王様や国民国家のような中央集権によって信用が確立され、共同体の普遍的な秩序が担保されることで『貨幣』は生まれてきました。中央集権を否定するリバタリアンの思想を持つビットコインは、その成り立ちからして『貨幣』とはならないのです。一定のコミュニティで価値があるモノにはなるかもしれませんが、リアルの世界とは別の貨幣経済を生み出すこと、資本主義を変えて革命を起こすような影響力を持つことはできないでしょうね」

「なるほど~」

「とはいえ、ブロックチェーンの技術を否定しているわけではないので、誤解しないでください。わたしに否定できるほど専門知識はありませんし。現状のさまざまなムダを省いて、大きなコストダウンはできるようになると思います。それは良いことでしょう。ただ、いろんなブロックチェーンの本を読む限り、貨幣や金融に関しては、その本質を無視して、すいぶんとざっくりした議論をしているという印象を受けます」

「サクッと聞くとそうか~と思うけど、間違えているってことですね」

「そろそろこの話も終わりにしましょうか。ビットコインについて私が大事だと思うのは、ビットコインに過剰な期待が集まってしまっているという事実です。これは、既存の国家が信用を失っていることが表現されている、と考えるべきでしょう。これまでの講義で説明したように、日本は危険な金融政策や財政政策に走ろうとしていますし、アメリカではトランプ政権が誕生してしまいました。中国からの資本流出とビットコインの価格は連動性が高い、というデータもあるようです。
 でも、勘違いしてはいけないのは、ギリシャ危機のときにビットコインがキプロスの一部の人々の救命ボートになったからといって、今後もなる保証はどこにもないということです。国家という大きな船が沈みそうだからといって、穴の開いた救命ボートで漕ぎ出しても、助かるわけではないのです。それよりも、大きな船をなんとかすることを真剣に考えるべきなのだと思いますよ」