「いま、薬剤部長に確認しましたが流通はストップしていますよ」と院長。

 もともと安定化ヨウ素製剤は40歳以下が適応年齢で放射能の大量被爆の応急処置、特に核爆発に見舞われたときにも行政判断で用いられることになっている。しかし、服用から1日程度しか甲状腺を守る効果は持続せず、過剰投与にも注意が必要だ。原発事故の最悪の事態を核爆発と想定した備蓄需要が、薬局で予防効果が期待できないヨウ素系医薬品の不足の事態をもたらしたのだ。

 一方、放射線や放射能物質は医療現場の画像診断でよく使用される。かつて血液中のインスリン測定に成功し、ノーベル賞を受賞したヤローが開発した放射免疫測定法にも微量の放射性同位元素が使用された。そして、私が最初に取り扱った放射性同位元素はヨウ素125であった。

「放射線防御の三原則は時間、距離、遮蔽であり、特に放射線を発する物質との距離が最も重要で、被爆量は距離の二乗に反比例します。1mから4mと距離をとると16分の1まで放射線量は減ります。特に、放射性物質である同位元素の原液を扱う場合、付着に最大限注意し、洗浄と付着の有無を計測器で確認して出入りしてください」

 と大学病院ラジオアイソトープ実験室の入室者説明会。

「先生、まだ子供いなかったよね。取り扱い注意しておかないと、あとで男性不妊症になるかもね」

 と研究室の先輩の先生。それから、私は放射性物質と2年間のお付き合いが始まった。そんなある日、RI室のテーブルで試験管を並べヨウ素125の試薬を注入していると、以前より気になっていた足元の排液瓶のラベルが眼に入った。ラベルにはP32排液用と記載されている。

「P32って、リンの放射性同位元素!こんなところに誰が置きっぱなしに。僕の“下半身”に相当量の放射線、被爆しちゃってるよ」

 と横のテーブルで実験している顔見知りの内科の先生に問いかけた。

「僕じゃないよ、それ前からあるから大丈夫、微量の放射線はからだにいいかもよ。ラジウム温泉とかラドン温泉だよ」

 と慰められた。そんな苦労の甲斐あってか、人の胃粘膜から、ある酵素の発見に成功した私は、その論文で医学博士の学位を得ることができた。しかし、その後も続く放射線被爆の“気がかり”は元気な3人の子宝に恵まれたことで杞憂で終わった。

 震災後、世界中で日本の原発事故による放射能汚染が話題になっている。一方、微量の放射線は体内の活性酸素を抑制し老化防止と、ガン免疫を活性化することが報告されている。百害あって一利なしと考えられた放射線が許容量以下の微量であれば、人間の体を刺激して活力を引き出すという学説が最近注目されている。いわゆる“放射線ホルミシス効果”である。自然の恵みとして、放射線は宇宙線として地球上に降り注ぎ、人類に影響を与えながら共存してきた歴史がある。微量の放射能の影響がさまざまな憶測を呼ぶ今日、震災復興のカギは、噂話に惑わされないよう“放射線ホルミシス効果”を知ることかもしれない。