熱帯特有の色遣い
だけど、すぐに新しい壁にぶつかった。どうやれば売れ行きがよくなるのか、つかめなかったのだ。商品の品質は高いし評判も悪くないが、コンセプトが不明瞭で消費者には伝わりにくい。だが、僕はファッションにからっきし興味がなく、ましてや女性用のスカーフのデザインなんて、わかるはずがない。
そんな時に思い出したのが、大学の友人、深津陽子だった。彼女は日本の大手通販会社の製品開発を統括し、タイに駐在していた。
僕は、チャンタの本格的な支援を始める前にタイにいる彼女を訪ねて、アドバイスを求めることにした。タイの小汚いけれど味は抜群の料理屋で、甘辛い東南アジア独特の中華麺をすすりながら、チャンタの話を切り出した。商品を見せると、「頑張ってるけど、もったいないなぁ」と一言。
「シルクの品質はよさそう。でも、タグが変やよね、このボロっちく見える包装はいただけへんなあ」と深津は続ける(僕らは二人とも関西出身だ)。「独自性は伝えないとあかんよ」と彼女は強調した。
「この色遣いは、熱帯特有のもんやよ。
日本とかヨーロッパでは思いつかへん」
これは、「何が『売り』やと思う?」と彼女に尋ねた時に返ってきた答えだ。
この一言がチャンタの事業にとって大きな転機となった。不思議なことに見えるかもしれないけれど、内戦後、彼らの感性を活かしたシルク製品が売りだされたことはなかったのだ。それが、カンボジア人によって、カンボジア人の資本で、事業になる。すばらしいことじゃないか。「それは、カンボジア人がやらんとあかん事業や」。思わず、言葉を漏らした。
僕は深津にカンボジアまで来てもらい、店舗のレイアウト、商品の見せ方、タグ、パッケージの見直しの方針など、直接チャンタにアドバイスをしてもらった。
その結果が、“HOPE”という言葉を前面に出したパッケージと、パンフレットだった。
もし、チャンタの物語に興味を惹かれた方は、ぜひ、彼女のウェブショップも訪問していただきたい。BlueSilk.org (http://bluesilk.org) というサイトに彼女が情熱を込めてつくりあげたスカーフが公開されている。
物語の詳細は本編第4章に譲るけれど、この章で深津から学んだ最大のことは、「現地の人々の感性」をどう活かすか、ということだった。歴史なのか、技術なのか、天然資源なのか、時と場合によって違うけれども、それは必ず存在する。そして、それに気づくだけで、すべては変わる。何のために働いているのか、誰のための製品なのか、それをどう伝えていくのか。製品の“アイデンティティ”みたいなものを見つけてあげるだけで、事業は変わっていくのだ。
次に向かったのは、政治的な騒乱に明け暮れていたタイ。「ほほえみの国」と言われ、観光客に愛された街は静まりかえり、繁華街はビルが焼け落ち、焦げた匂いが漂っていた。
1980年大阪市生まれ。
経営コンサルタント/日中市民社会ネットワーク・フェロー。
学卒業と同時に経営コンサルタントとして独立。以来、社会起業家の育成や支援を中心に活動する。
2009年、国内だけの活動に限界を感じ、アジア各国を旅し始める。その旅の途中、カンボジアの草の根NGO、SWDCと出会い、代表チャンタ・ヌグワンの「あきらめの悪さ」に圧倒され、事業の支援を買って出る。この経験を通して、最も厳しい環境に置かれた「問題の当事者」こそが世界を変えるようなイノベーションを生み出す原動力となっているのではないか、という本書の着想を手に入れた。
twitter : @tetsuo_kato
URL : http://www.nomadlabs.jp/ (講演などのお問い合わせはこちらから)
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