日本歯科医師会によると、彼らが書いたレポートからは過酷な作業を経験したために強いストレスを感じている姿が浮き彫りになっているといいます。私も、別の災害に派遣されて帰った医療関係者からこんな声を聞いたことがあります。

「地元に帰ってから惨状を思い出してしまう」
「小さな子どもの遺体が頭に浮かんでしまう」
「家族に優しい声をかけるエネルギーが残っていない。冷たく当たってしまう」

 これは「惨事ストレス(惨事を体験した人に起こるストレス)」と呼ばれる典型的な症状です。

 この分野に詳しい精神科医によると、いまは症状が出ていなくても、数年後に突然出てくることもあるそうです。そう考えれば、長期にわたるこころのケア、いつでも相談できるシステム作りが急務となっているのです。日本歯科医師会はこの問題に着手し、私もそのお手伝いをすることになっています。

被災者も支援者も一般市民も被災者である

 アメリカでは、災害派遣に際して臨床心理士などが帯同し、問題が起きたときにすぐ対処できるシステムになっています。全体をコントロールする心理士が、支援に従事する人のこころの状態を見極め、ときには仕事から離れる指示を出すこともあるのです。

 一方の日本には、支援者を送り込む体制はあっても、支援者のこころをケアするシステムまではありません。ましてや、日本歯科医師会のように個別の団体で取り組もうとしても、現状では国に金銭的な支援を期待することはできません。

 災害支援の分野では「支援者も被災者である」と主張する研究者もいます。歯科医師だけでなく、ボランティアなどもそれに該当すると思います。

 さらに、今回の震災で言えるのは「被災者でも支援者でもない一般の市民も被災者である」という考えです。テレビやネットによる情報収集が容易であるため、被災地からの距離は意味を持たないからです。

 ここでは「こころのケア」のための費用を取り上げましたが、それだけを問題にしているのではありません。震災による経済的損失と同様に、精神的被害の大きさは、数字にしにくいですが相当甚大なものであることを忘れてはなりません。実際に震災で家族を失った人から被害に合わなくても報道でこころを痛めた何千万という人のストレス合計は計り知れないものがあるでしょう。

 すでに抱えてしまったこころの問題によって、すべての人のパフォーマンスが震災前の状態に戻っているわけではありません。私のこころは疲れていない、私はもう乗り越えたと思っている人でも、必ずしもそうではない可能性もあるのです。そこで、せめて今年に限っては個人レベルの目標値を下げ、余裕を持ったスケジュールを組んでみてはいかがでしょうか。睡眠時間をいつもより多めに取るなど、意識的に自分を休ませることを心掛けが求められます。