経済格差、政治危機を乗り越える新たなアプローチは存在するのか
現実化し始めたユートピア的アプローチ

 このような背景があるからこそ、タイの政治危機に対する持続可能な解決策とは、政治のみならず、むしろ資本主義によってもたらされた経済的不均衡を解決することにある。迅速に社会的・経済的不平等を改善しなければ、タイの政治はこのまま長期に渡る不安定さにさらされるだろう。

 そのような不均衡を解決するために、単純な再分配を行う戦略――福利厚生のためのプログラムから社会主義運動まで――が提案されることは多い。しかしながら、持続的な経済成長なしに、再分配という解決策を継続することは不可能だ。この問題を解決するための本質的な議論は、もっと公平かつ経済、社会、環境保全における利得のバランスを補強するような、ユニークな発展戦略を確保することに帰結する。

 この夢想的ともいえる発展戦略は、過去においては不可能と思われていた。しかし新たなタイプの資本主義が登場し、持続可能な発展戦略の実例を示し始めている。それは、国際的なリーダーシップを取るイギリスから生まれた「社会企業」というムーブメントにおいてだ。

英国で先行した社会企業に関連する諸制度
タイはこの新たなアプローチを取り込むことができるのか

 そもそも「社会企業」とは、社会的な課題や環境保全に関する課題に取り組むために事業を行う組織のことである。余剰金は、株主の収益を最大化するためではなく、その企業の運営や団体に再投資される。社会企業は、健康、再生可能エネルギー、フェアトレード (公正取引) 、持続可能な農業、ホームレス、社会的融資やそのほか数多くの分野にわたって存在している。イギリス国内では、社会企業は55,000以上あり、それらの総収入は80億ポンド(約1兆円)を超え、さまざまな分野で急成長を続けている[訳注2]

 社会企業が手がける事業は、世界に対し新しい構想を提示する。その構想とは、公共の利益を目指し、それを原動力としながらも、効率を追求するというビジネス感覚や社会のために貢献したいという個人の自由を維持するというものである。社会企業を導くものは、社会起業家のミッションであり、満たされていない需要――社会の幸福度という観点において重要な意味を持つ――を、革新的な方法で満たそうとすることだ。イギリスに限らず、不平等な発展により、社会的緊張が悪化してしまっている全世界のための、もっと啓発的でバランスの取れた発展戦略の実例となっているのが、「社会企業」なのだ。

 イギリス政府は、このムーブメントを巻き起こすための重要な役割を果たしている。イギリス内閣府内に設置されている第三セクター局 (OTS) が、社会的企業が発足するためのさまざまな「インフラ」を提供することに成功し、適切な環境を築き、維持し続けているのである。

 また、“Community Interest Company” (CIC) と呼ばれる社会企業に関する法律が成立し、その法律の下、社会企業は社会的課題の解決を目的を主にしたものでなければならず、株主に対し年間20%以上の利益を分配することは認められていない。また、その資産を用いて投機することによって利益をあげることや、あるいは従来の民間企業に対して売却することは禁じられた。上記のような法律や他の法的基盤のおかげで、社会企業は、公衆衛生をはじめ多くの分野における公共サービスを提供するための、政府からの契約の受注を獲得する機会が与えられている。

[訳注2]本年の7月11日に英国のソーシャル・エンタープライズ・セクターで上位100団体の成長や影響度などの最新の統計と成功事例が発表されている。こちらもぜひ一読していただきたい。