新刊『心に届く話し方 65のルール』では、元NHKアナウンサー・松本和也が、話し方・聞き方に悩むふつうの方々に向けて、放送現場で培ってきた「伝わるノウハウ」を細かくかみ砕いて解説しています。
今回の連載で著者がお伝えするのは、「自分をよく見せることを第一に考える話し方」ではなく、「聞いている人にとっての心地よさを第一に考える」話し方です。本連載では、一部抜粋して紹介していきます。

伝わる話し方は、母音・子音をあいまいにしない

「あ」は「あ」、「え」は「え」と「違いがわかる程度」の発音を

 この本の冒頭で、私は「滑舌」は意識しすぎなくてよいと言いました。これはあくまで新人アナウンサーがニュースを読むときのように、大げさなくらい口を開ける必要はないという意味です。

 しかし、「あ」は「あ」、「え」は「え」と「違いがわかる程度」の発音はしましょう

 これも、あたりまえに思われるかもしれません。でも、聞いたことはありませんか?

 会社の社長など社会的地位の高い方が、口をほとんど開けずに、こんなふうに話しているのを。

「ぃえ~、はんじつは、あ~、ふんとうにぃ、ぅおりごとぉ、お~、ぐざぇうぉす」
(え~、本日は、本当にありがとうございます)

 ご自身の重みを出すためかもしれませんが、せっかくの感謝の気持ちが伝わりにくいです。何より、「聞いている人にちゃんと伝えよう」という気持ちが表れていないと思われてもしかたない言い方になっています。

「あいうえお」の母音と同様に、カ行からからワ行までの「k、s、t、n、h、m、y、r、w」の子音もはっきり聞き取れるようにします。ここがよく聞き取れないと、母音がはっきりしない以上に何を言っているかわからなくなってしまいます。

 子音のはっきりしない発音について、演出家の鴻上尚史さんは著書の『コミュニケイションのレッスン 聞く・話す・交渉する』(大和書房)の中で、こう言っています。

 一番、典型的なのは、深夜、コンビニの前でたむろする若者の言い方でしょうか。
 口がだらしなく開き、「ったりーな。んか、おおしれーこと、あいんかよ(かったりーな。なんか、おもしれーこと、ないのかよ)」と、子音が溶けて母音が前に出てくる言葉です。(※( )内の補足は筆者)

 さすがにこの本をお読みのあなたは、人前で話すときに、ここまで極端なことはないと思います。しかし、意図せず「子音が溶ける」ことならきっとありますよ。私がよく聞くのは、はやりの横文字ビジネス用語などを乱発する方が、本人としては言い尽くしてきたようなことばを使うときによくある気がします。例えば、この言い方。

「テーコルダーの皆様のイーズにおこたえするためのツーションがこちらです」

 言いたかったのは、

「ステークホルダーの皆様のニーズにおこたえするためのソリューションがこちらです」

 なのですが、自分自身ではちゃんと言っているつもりでしょう。なぜこうなってしまうのでしょうか? 私の想像では、「お聞きの皆さんはおわかりですよね」という気持ちが、つい適当に発音させてしまうのかもしれません。あるいは「早く次を言いたい」、「言って早く楽になりたい」などの思いが、急いで話そうとさせてしまう。その結果、単語の子音をしっかり発音する前に次のことばを話してしまう。こんなメカニズムがあるのではない
でしょうか。

 また、発音とは少し話がそれますが、ことばそのものも、雑に言わないようにすることも心がけてください。
「気持ちいい」「気持ち悪い」ということばを、若い人を中心にそれぞれ「気持ちぃ」「キモい」と表現する人も増えています。同様に「むかつく」「うざい」「すごい(すげぇ)」など感情や程度を表すことばも、何でもそのことば一つで片づけないようにします。「むかつく」は「胸焼けがする」なのか、「腹が立つ」なのか。「うざい」は「気に障
さわる」なのか「面倒くさい」なのか、自分自身でしっかり区別して表現するのです。

 発音の問題でも、伝えるうえでの根本の考え方は同じです。「だいたいこんな感じ」で表現するクセがついていると、人にものをきちんと伝えることは難しくなります。

「聞いている人にきちんと伝わるか」をいつも考えながら「細かく丁寧に表現する」意識を持つだけで、発音も話し方全体も確実に変わってきます。私が保証します!

* 心に届く話し方ルール *

相手がしっかりと聞き取れるように発音する

伝わる話し方は、母音・子音をあいまいにしない

松本和也(まつもと・かずや)
スピーチコンサルタント・ナレーター。1967年兵庫県神戸市生まれ。私立灘高校、京都大学経済学部を卒業後、1991年NHKにアナウンサーとして入局。奈良・福井の各放送局を経て、1999年から2012年まで東京アナウンス室勤務。2016年6月退職。7月から株式会社マツモトメソッド代表取締役。
アナウンサー時代の主な担当番組は、「英語でしゃべらナイト」司会(2001~2007)、「NHK紅白歌合戦」総合司会(2007、2008)、「NHKのど自慢」司会(2010~2011)、「ダーウィンが来た! 生きもの新伝説」「NHKスペシャル」「大河ドラマ・木曜時代劇」等のナレーター、「シドニーパラリンピック開閉会式」実況など。
現在は、主に企業のエグゼクィブをクライアントにしたスピーチ・トレーニングや話し方の講演を行っている。
写真/榊智朗