今も残る吉田五郎・初代所長の言葉「知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵を具体的に提供しよう」が彫られた石碑

 その背景には、米国との戦争に負けたのも、日本は兵器をはじめとしたモノづくりにおいて、寿命、使いやすさ、安全性などを考慮することがなかったからだという、吉田の強固な信念があった。それが、日本にも基礎研究から実用化までを担う通研の設立へと結実したのである。模範にしたのは、当時の米国を代表する大研究機関で、科学的分析で戦争にも協力した「ベル電話研究所」(ベル研)だった。

 爾来、電電公社の通研は、37年後の85年に「NTTの民営化」(通信の自由化)が実現するまで、日本の電気通信の発展を一身に背負ってきた。自前で大型コンピュータやLSI(大規模集積回路)を開発していた時期もある。

各分野の専門家たちが
ズラリと揃う研究機関

 翻って現在、NTTの研究開発体制は、通研の流れを汲むNTT武蔵野研究開発センタを筆頭にして、研究領域別に国内を5つの拠点(武蔵野、横須賀、筑波、厚木、京阪奈)に分けている。

 現在の研究開発体制は、大きく3つの総合研究所から成る。通信インフラの上に載る各種サービスやアプリケーションなどを研究開発する(1)サイバーコミュニケーション総合研究所、次にインフラ(通信ネットワーク)の研究開発をする(2)情報流通基盤総合研究所、そして基礎研究が主体の(3)先端技術総合研究所である。さらに、3総合研究所の下には、それぞれ細分化された計12の研究所がある。

 もとより、素材の開発から量子力学の理論まで、通信関連では国内トップレベルの研究者を集めた研究機関だ。OBには、その道の権威がゴロゴロいる。最盛期には、6000人以上の研究者が在籍したが、今では2500人と2分の1以下になった。

 それでも、コミュニケーション科学基礎研究所の柏野牧夫上席特別研究員は、「NTTの研究所の最もよい点は、各分野に精通した研究者がズラリと揃っているところ」と言い、研究水準の維持にこだわる。NTTの研究所には、ベル研出身者で「音声圧縮技術」が知られる守谷健弘フェローと「暗号理論」の岡本龍明フェローがいる。2人の研究は、「ノーベル賞に最も近い」といわれるほど、世界の先頭集団に入っている。

 上の図のように整理統合されたのは、99年の「NTT再編」(4社分割)のタイミングからだ。戦後、長らくアンタッチャブルな奥の院だった電電公社の研究所は、NTT法の縛りもあって、新しく発足したNTT(持ち株会社)の傘下に組み込まれることになる。