コスト削減のために経営資源を買収する

 経営者は買収を発表する時、ほぼ例外なくコスト削減を約束する。実のところ、経営資源の買収によってコスト削減を実現するというシナリオはわずかであり、一般的には、買収企業の固定費が高く、規模を拡大することで収益性が向上する場合である。

 「ロール・アップ型M&A」(類似業種の企業を複数買収することで、事業規模を拡大する一方、重複部分の共通化を図り、収益性の改善を目指すもの)、「衰退産業の統廃合」「天然資源M&A」といわれる取引はすべて、同じやり方で成功している。

 つまり買収企業は、被買収企業の経営資源を既存のビジネスモデルに埋め込む一方、買収したビジネスモデルの残りの部分を処分し、重複する資源は閉鎖や解雇、あるいは売却するのである。このように、規模の経済を働かせてコスト削減を推し進めながら、被買収企業の資源を活かすことで業績を向上させる。

 簡単な例で説明しよう。ニューイングランド地方(アメリカ北東部六州を合わせた地域)の家庭では、冬の暖房に石油を使っている。そのため、石油の販売業者は毎月、石油を各家庭に届けるのが普通である。ある販売業者が同じ地域のライバル店を買収すれば、そこの顧客も買い取ったことになり、また配達用のトラックを二台持っていたとすれば、これらは重複する固定費として削減できる。

 ここで重要になる被買収資源は、トラックや運転手ではない。なぜなら、新規顧客へのサービスに必要ではないからだ。むしろ重要なのは新規顧客であり、買収した側の経営資源や業務プロセス、利益方程式をそのまま当てはめることができる。したがって、この買収によって買収企業のコストは低減する。

 しかし、この暖房用石油の販売業者が同様の会社を別の都市で買収した場合、買収企業のコスト・ポジション(コスト上の優劣で見た自社の相対的な位置づけ)を別の地域で再現するだけであり、どちらのコストも削減されない。間接費を多少効率化できるかもしれないが、先の例に比べると、削減額ははるかに少ないだろう。これは、この石油販売業者が新規顧客のために買収先のトラックを依然必要とするからである。

 同じ地域内の石油販売業者を買収するように、規模の経済を働かせるために経営資源を買収する例として、製薬会社が被買収企業の製品を自社の販売チャネル(高固定費である)を通じて提供する、あるいはアルセロール・ミタルが競合の製鉄会社を買収し、より効率的な自社工場に生産移管し、その余剰能力を活用する一方で、こうして不要になった被買収企業の設備を処分するといった方法が挙げられる。

 2006年、石油天然ガス会社のアナダーコ・ペトロリアムが同業のカーマギーを買収したが、これも同じパターンである。カーマギーが魅力的だったのは、アナダーコの油田と近かったことである。両者が統合したことで、同じパイプライン網や給油船、その他の営業固定資産を共有しながら油田運営に当たれることになった。