ワン・ストップ・ショッピングへの誘惑
LBM型M&Aを通じて新規顧客を獲得し、当座の業績改善を目指す企業に、一言注意しておきたい。我々が調査した成功例すべてにおいて、獲得した顧客にこれまでも購入している製品を販売することを怠っていなかった。逆に、クロスセリングを目的とした買収の成功例はめったにない。
なぜか。では、本稿筆者の一人、クレイトン・クリステンセンが家電製品と金物類の両方を購入する典型的な買い物客であると仮定して、考えてみよう。ウォルマート・ストアーズはこの両方をそろえており、家電製品だけを販売するベスト・バイ、金物類ばかりを販売するホーム・デポよりも、商売上有利な立場にあるのではなかろうか。
一言で言えば、違う。これは、クリステンセンが家電製品を買う必要があるのは、誕生日か休日の前日くらいで、また金物類も家の何かを修理しようと思った土曜日の午前中だからである。処理しなければならないこれら2つのジョブは、異なるタイミングで生じるため、ウォルマートが両方の製品を販売できるからといって、専門店よりも優位に立てるわけではないのである。
とはいえ、どこにでもいるクリステンセンのような買い物客は、車で長距離旅行をする時などはガソリンとスナック菓子を一緒に買う。それで、コンビニエンス・ストアとガソリン・スタンドが1つになっているのだ。つまり、さまざまな製品を新規顧客に販売することを理由とした買収は、顧客がこれらの製品を同時かつ同じ場所で購入する必要がある場合に限って成功するのである。
シティグループの元会長兼CEO、サンフォード・ワイルなどの野心的なビジネス・リーダーたちは、何度となく「金融のスーパーマーケット」を試みてきた。これは、クレジット・カード、小切手取引、ウエルス・マネジメント・サービス(資産家向け資産運用サービス)、保険、株式仲買といった顧客ニーズには、1社で対応するのが最も効率的かつ効果的であると考えていたからである。
しかし、このような試みは失敗を繰り返してきた。各部門は異なるジョブを受け持つが、これらのジョブは顧客の人生において異なる時点で発生するため、1社がすべてのジョブを処理できても、あまり意味はない。このような事情がある以上、クロスセリングは複雑化と混乱を招き、販売コストの削減につながることはめったにない。